腰痛 前屈み、中腰ができない

 朝洗面するとき少し前屈みになりますが、それができなくて辛い。掃除機を掛けると腰が痛くなる。椅子から立ち上がるとき、膝や椅子に手を置いて支えないと立ち上がることができない。これらは前屈みや中腰ができない状態の症状です。
 「前屈みや中腰ができない状態」になってしまう原因は大きく見ますと三つほど考えられます。
一つはふくらはぎや太股の裏側、殿部、腰背部の筋肉が張ってしまいスムーズに伸びることができないことです。もう一つは、骨格の歪みや筋肉の状態が悪いことなどの要因で前屈みの姿勢を「支えることができない」ことです。

 小学校や中学校の時の体育の時間に、足を前に伸ばした長座姿勢での前屈み運動をしたときに、自分の限界を超えて更に前屈しようとしますと、太股やふくらはぎの裏側が張って痛みを感じますが、その状態と同じ原理で前に屈むことができない状態が一つ目です。
 普段はほとんどすることのない駆けっこなどをしたり、スクワットをたくさんしたりしますと、その時は大丈夫でも翌日、あるいは後日、太股やふくらはぎがカチカチに硬く張ってしまい、お尻や背中まで連動してこわばってしまい前屈みや中腰が辛くなったりします。このような一時的なものであるならば、数日すれば張りも解消されて元の状態に戻りますので、心配することもありません。
 ところが、例えば事務仕事などで毎日何時間も椅子に座り続けていますと、坐骨周辺(骨盤底)や骨盤の中心部(仙腸関節)が硬くこわばった状態になってしまいます。そうなりますと、腰部の筋肉がこわばってしまいスムーズに伸びることができなくなりますので、前に屈んだり中腰の姿勢ができなくなってしまうことがあります。そして仕事はほぼ毎日のことですから、毎日少しずつこわばりを蓄積していることになります。前屈の姿勢が「軽やかさがなくなってきたな~」→「きつくなってきたな」に変わり更にこわばりの蓄積が進みますと「靴下が履きづらい」と感じるようになり、足を横にださないと靴下が履けない状態になってしまうかもしれません。
 「歳でからだが硬くなってしまって‥‥」と思われている人も多いかとも思いますが、それは歳だけのことではなく、骨盤や殿部が硬くなってしまった影響も大きいと思います。
 この状態の対策としましては、ストレッチなどで仙腸関節の柔軟性を取り戻したり、和式トイレに座るような姿勢を1~2分継続して骨盤底の柔軟性を取り戻すことがよいと思います。仙骨周辺を擦ってマッサージするのも効果的です。このようなことを続けていますと、次第に前屈みの辛さが軽減し、靴下を履くのも楽になってくると思います。

 もう一つの、前屈みや中腰の姿勢を「支えることができない」状態の最もわかりやすい例はギックリ腰です。ギックリ腰は程度が酷くなりますと、痛くてほとんど身動きが取れない状態になりますが、程度が軽い場合は、ベッドから起き上がる、椅子から立ち上がる、腰を真っ直ぐに伸ばして立つ、前屈みの姿勢を保持する、中腰になる、などの動作がスムーズにできなくなってしまうのが特徴です。その理由は、骨盤の中心部が肉離れしたように傷ついてしまったため、筋力を発揮することができなくなり、動作を支えることができなくなってしまうからです。

首や背中の筋肉に収縮できない部分があると前屈姿勢が辛くなる
 立った姿勢で前屈をするとき、上半身を曲げる角度によって「筋肉の収縮点が移動する」という仕組みがあります。
 前屈みの状態になることを背中の筋肉にフォーカスを当てて観察しますと、前屈みの角度が深くなるにしたがって背筋の長さが次第に長く伸びていくことがわかります。筋肉が伸びることは筋線維がゆるむ(弛緩伸張)ことなのですが、背筋全体が一気にゆるむわけではありません。また、筋線維の伸び方にも特徴があります。
 例えば、下の写真のように15°、45°、90°などの角度で上半身を前屈させていった場合の筋線維の変化を例に説明させていただきます。(全く正確なわけではありませんが、特徴を理解していただくための説明です。)

 背筋の起点(起始)は骨盤です。左側の写真のように軽く会釈する程度(15°位)の動作では、腰部の赤い点あたりに筋肉の収縮点(力こぶ)ができますが、起点である骨盤から赤い点までの筋線維がゆるんで伸びます。赤い点より上の筋線維は伸びません。真ん中の写真~右の写真のように前屈の角度が深くなりますと、赤い印の収縮点が上方に移動していきます。そして左写真と同様に起点から赤い印までの筋線維はゆるんで伸びますが、赤い印のところの筋肉は収縮します。
 動作における筋肉の伸び方(弛緩伸張)の原理はこのようになっています。ゴムやバネが伸びるのとは違い、ゆるんで伸びた先には筋線維の収縮点が必ず存在します。

 この収縮点(力こぶ)は、それ以上筋肉が伸びないように、動作で言えば、それ以上前に倒れないように、からだを支えるために存在するのだと思います。ですから、「筋肉上の収縮点が移動することが動作の本質である」と言うこともできます。もし収縮点が移動できないのであれば、筋肉は伸びることができないということですから、少しも前屈することはできません。あるいは、もし筋線維上の何処にも収縮点を作ることができないのであれば「スムーズに前屈する」ことはできずに、ただバタッと前に倒れることしかできなくなってしまいます。

 筋肉上の収縮点は、長い筋線維上のその部分が収縮しているということです。収縮点が移動するというのは、ボールを転がすように移動するのではなく、筋線維上の収縮部分が次から次へを場所を変えているということです。ですから、筋線維上のあるところに収縮できない部分がありますと、動作に合わせて収縮点をスムーズに移動させることができません。あるところまでは収縮点を作れるのですが、ある部分を超えると筋線維が収縮しないために、動作がそこでストップしてしまうという現象が起こってしまいます。

 この原理を上の写真を例に説明させていただきます。
 写真の人物は胃の調子が悪くて慢性的に胃の裏の部分(真ん中写真の赤い印)が張っているとします。布団に入っても背中の硬さが気になるので、ゴルフボールを背中の硬いところに当てて柔らかくなるまで背中でボールを転がしてマッサージをしています。硬いゴルフボールの刺激は、最初は気持ちよいかもしれませんが、適量を超えますと筋肉や筋膜の負担となるため筋線維の疲弊を招いてしまう可能性があります。
 このマッサージを何日間か続けていますと、案の上、ボールによってたくさん刺激された箇所の背筋が疲弊状態になってゆるんでしまいました。赤い印の部分の筋線維はうまく収縮することができなくなってしまいましたので、赤い印の手前までしか前屈することができません。
 このようなことは、腰痛になるような覚えもないのに、朝洗面所で顔を洗う時に「腰が辛くて顔が洗えない」というようなことが起こる原因になります。顔を洗う角度はちょうど真ん中の写真くらいですが、赤い印のところが収縮できないために前屈状態を支え、保持することができないのです。そしてそれでもなんとか顔を洗おうとしますと、他の筋肉に負担がかかってしまい、それが腰痛をもたらすことになります。

 ちなみに、洗面の姿勢では腰や背中が辛くなりますが、もっと深く屈んで床のものを取り上げるなどの動作は苦も無くできます。何故なら、前屈の角度が深くなるにしたがって収縮点が疲弊して収縮できない部分を超えて首のつけ根の方に移動したからです。その部分の筋線維は普通に収縮することができますので、その動作は楽に行えるのです。
 このような原理で、直接腰部や骨盤部を悪くしたわけでもないのに「前屈できない」「中腰が辛い」ということが起こります。

膝や足首が不安定で腰が痛くなることもある
 「椅子に座った状態での前屈は苦も無くできるのに、立った状態では腰が痛くなってできない」ということがあります。
 「座った状態では問題ない」ということであれば、前屈に関しては、骨盤から上半身に掛けて問題がある可能性はほとんどありません。(反ったり捻ったりと、他の動きではわかりません)
 「立つとダメ」というときは、股関節や膝や足首などに問題がある可能性が高いと考えられます。関節に負荷(体重)が掛かりますと骨盤や腰の筋肉が張ってしまうので前屈が上手くできなくなることはあります。
 股関節に不調を抱えている人は、常に違和感を感じていて意識が股関節に行っていますので、また、腰部に近いこともあって「腰が痛くなるのは股関節のせい?」と思われている場合が多いです。
膝関節に明らかな不具合がありますと、それは膝に痛みを感じたり、歩行時や階段の昇降時など
「膝に力が入らなくて踏ん張れない」などの状態になりますので、膝の不具合が腰に影響しているのかな?」などと思うと思います。足首も同様です。捻挫などで足首周辺に明らかな不具合がありますと、腰との関係を連想されるかもしれません。
 ところが膝にしても足首にしても、日常生活の普段の行動では多少頼りなさは感じるものの、特に不調や違和感を感じることもないような状態であれば、腰痛や腰部の運動制限の原因が膝や足首にあるとは思いもよらないことでしょう。そしてこのような状態の人はたくさんいます。

 足首や膝が不安定な状態ですと、立った時に体重をしっかり受け止めることができません。荷重が掛かりますと関節周りの筋肉が緊張した状態になってしまいますが、それが骨盤に伝わり、腰部に伝わって背筋をこわばらせ前屈がスムーズにできない状態を招いてしまいます。
 今回は“上半身の前屈”をテーマにしておりますが、前屈以外でも、腰部の動作全般においてスッキリできない原因として膝や足首の不安定さが要因となっていることははしばしば見受けられます。

骨盤底や仙腸関節の柔軟性不足で前屈が苦しい
 腰痛と骨盤の状態は切っても切れない関係ですが、骨盤の動きが悪くて前屈が思うようにできないこともあります。
 骨盤は中心にある仙骨と尾骨、その両側にある左右の完骨(腸骨と恥骨と坐骨が合したもの)で成り立っていますが、仙骨と完骨との関節(=仙腸関節)の柔軟性が失われますと、歩く動作で骨盤が動きにくい、呼吸が浅くなる、腰部の動きが悪くなる、などの症状が現れます。さらに尾骨と両坐骨と恥骨をつなぐ面を骨盤底と呼びますが、骨盤底の柔軟性が失われますと、しゃがむ動作がスムーズにできない、座り続けると腰部が緊張してきて落ち着かなくなる、などの症状が現れます。
 そして、事務仕事などで椅子に座っている時間が長い人の多くは、仙腸関節も骨盤底も柔軟性を失って硬くなっています。

 仙腸関節はちょくちょくストレッチなどをして柔軟性を保っていただきたいですし、あるいは仙骨のところを擦るなどマッサージをしていただきたいと思います。解剖学的には、仙骨には筋肉はほとんどなく、靱帯があってその上を筋膜が覆っているだけのはずなのですが、何故かコリコリと筋肉のこわばりらしきものがある人が多いです。そのこわばりを少し強めの力で揉みほぐしますと最初は痛みを感じますが、そのうち心地よさが混じるようになり、ポカポカ温かくなってくると思います。そして腰部もゆるんで座った姿勢も良くなると思います。
 どなたかマッサージしてくれる人がいるのであれば、座った状態で、後から仙骨周辺をマッサージしていただくとその効果がよく実感できると思います。