前頭葉を使って考える

 以前にも取り上げたことですが、これまでたくさんの人達を観察してきてわかったことの一つに、人それぞれに頭の中に“考える場所がある”ことです。頭の中で考えることは思考を展開しているということですが、頭の前方(額、前頭葉)でイメージを築きながら思考を展開している人もいますし、頭の右側や左側、頭頂付近や後頭部で思考を展開している人もいます。
 私は、前頭葉でイメージを構築しながら思考を展開するのが理想的なのではないかと思っていますが、このあたりのことにつきましては脳科学の専門家に聞いてみたいところです。(思考を展開することとは別に、記憶を呼び起こす作業では意識を脳内のいろいろなところに向けながら探し出すようなことをします。)

 今回は整体的観点から、からだの状態と思考を展開する場所との関係についての話しをさせていただきます。

 今年の1月からセラピストになるための勉強会を行っています。月2回のペースで行っていますが、参加メンバーは現在3人で、全員この業界とは無縁の素人です。 このブログでは、私が日々実際に経験していますことをお話しさせていただいていますが、それはやはり理屈だけですので、私が伝えたいと思っていることのほんの少ししか伝わらないのかもしれません。勉強会では、実際にからだを触りながら、あるいは触られながら体験しますので、理屈だけではなく「体験を通して学ぶ」「体得する」ということが可能になります。それは素晴らしいことなのですが、反面、難関にも直面します。
 難関は幾つかありますが、現在、参加メンバーにとって一番の難関は、筋肉の変調を検査することと骨の歪みや動きを検査することです。
 このブログによく登場します、筋肉の「こわばり」とか「ゆるみ過ぎ」という状態は筋肉の変調状態のことですが、筋肉を触る、あるやり方によって変調状態を確認する検査方法があります。骨格の歪みにつきましても、実際に骨を軽い力で操作して状態を把握するのですが、やり方に一種の「コツ」があります。
 変調の検査も骨格の検査も手先の感覚の鋭敏さが要求されますが、それは練習することによってどんどん鍛えられていきます。ところが、メンバーにとって一番の難関は自分の頭に浮かんでしまう「疑いの思い」を克服することです。
 検査のために操作している自分の手は正確に変調や骨格の歪みを捉えているのですが、「これで間違いないだろうか?」という疑念が湧いてきてしまい、何度も同じ場所の検査を繰り返してしまったりします。すると「本当にこれで間違いないだろうか?」と念を押したくなる気持ちが強くなるのですが、それに伴い検査している手にどんどん力が入ってしまいます。そうなりますと当初は正確に捉えていた手が狂った動きをするようになってしまいます。自分が自分の手で感じ取ったものを疑ってしまい、その疑いを払拭するために何度も何度も同じことを繰り返すのですが、そんなことをしているうちにどんどん混乱してしまい、ドツボにはまった状態になってしまうのです。
 こんな時は、「何も考えなくていいですから、ただ自分の手の動きだけを見てください」とアドバイスしますが、すると皆さん、すんなりと正確に検査を行うことができるようになります。“疑い”という余計な思いが消えますと検査はとても単純なものになるのですが、それが実際にはなかなか難しいのです。

 メンバーの一人が、何度アドバイスしてもすぐに混乱した状態に陥ってしまいますので、その人の頭の使い方を観察してみました。そうしますと、その人は頭頂より少し後のところで思考を巡らせているように感じました。「ああ、ここが疑いの回路なのか」と私は思いました。そして「頭の後の方で考えるのではなく、額のところにイメージを作ることだけに集中して検査してみてください」と言いました。

 筋肉が骨盤の方に向かっている状態は「こわばり」であり、末梢の方に向かっている状態は「ゆるみ過ぎ」の変調状態なのですが、検査では筋肉を触ってその方向を確かめます。検査するときに自分の手の動きだけを前頭葉(額)にイメージするようにとアドバイスしました。決して後頭部で「本当はどっちだろうか? などと考えないこと」と言いました。そうしましたら、いとも簡単に筋肉の変調を検査することができるようになりました。

 話は少し飛躍しますが、この人は“かかと重心の人”です。そして後頭部で思考を展開する癖があります。私もかつてはこの人と同じような場所で考える癖を持っていましたので、何となく解るのですが、そこで考える人は「聞いている人」かもしれません。後頭部にモデルを提示して、「どっち? どっち?」と、それに対する答えを待っているのかもしれません。
 「人それぞれに(脳の中で)考える特定の場所がある」と私は思っています。前頭部から頭頂部の右側の場所を使って考えている人が多いのですが、そこは心配や不安を生み出す回路のような気がします。何か頭の中に楽しいアイディアが浮かんだとしても、そのイメージを脳の右側に持っていって考えてしまいますと「やっぱり難しいかもしれない」などというマイナス思考が働いてしまい、結局、楽しいアイデアを自分で没にしてしまうのかもしれません。あるいは、何についても“心配”がついてまわったり、実行することよりも不安の方が先立ってしまうのかもしれません。頭の右側を使って考える癖を持っている人を観察しますと、このような傾向があるように感じられます。

イメージトレーニングと前頭部(前頭葉)

 私は若い頃、一生懸命スポーツをやっていました。その頃は「イメージトレーニング」なるものが流行りはじめた頃です。脳の前頭葉に自分が成功するイメージを構築することによって、実際にからだがそのように動き、成功する確率が高まるというものでしたが、当時の私はあまり興味を持っていませんでした。
 ところが時が経っていろいろ振り返りますと、偶然のように成功したのではなく、失敗する恐れがまったくなくて、確実に成功することを確信していたときには、確かに「前頭葉にイメージが在り在りとしていた」ことが、ついさっきの出来事のように思い出されます。そして、この仕事で毎日いろいろな人を観察して施術していますと、前頭葉でイメージを展開することがとても素晴らしいことだと思うようになりました。
 本当に集中力が研ぎ澄まされたときには、前頭葉に抱いたイメージ以外は意識から消えてしまい、時間が止まったように感じて、ただあるがままにそれだけを行うことができるようになるのではないでしょうか。“不安”や心配や恐れとは無縁な状態になると思います。
 ところが整体師として申し上げれば、からだが整っていませんと前頭葉以外で考える癖を克服することはなかなか難しいことです。かかと重心の人は思考の場所も後側になりますし、足の骨格が歪んでいる人や骨盤が歪んでいる人は頭の右側や左側で考える癖になってしまいます。意識を集中しているときは前頭葉の中央部で考えることができますが、気を抜くとすぐに元々の癖に戻ってしまいます。 そして実際、かかと重心の人は多いですし、小趾側に重心が乗ってしまい足や骨盤が歪んでいる人も多いです。
 この状態を克服して快適に考えることを身につけるためには、まず、自分がどうであるかを知らなければなりません。そして次に、その原因を知る必要があります。そして、具体的にどうすれば原因を克服することができるかを知り、日々実践しなければなりません。

 私の母は現在80歳ですが、数年前まで、何かを尋ねますと頭を少し右下に向けて視線を右下やや後方に落とさないと記憶を呼び出したり、考え事ができないと言いますか、思考を働かせるスイッチが入らないような癖を持っていました。その後、左膝の変形が悪化し、歩くのに苦労するようになった頃から認知症の気配がするようになりました。そして一時的に体調を悪化させ3週間ほど入院したのですが、それを期に認知症がどんどん進行してしまいました。昨年秋に膝の人工関節置換手術を受けるために一月間ほど入院しましたが、認知症の問題で、ベッドに拘束されてしまうほどに認知症が進行していました。
 体調のいろいろな変化、リウマチのための投薬、膝の痛みを軽減するための鎮痛薬、加齢と老化、そんな諸々が重なり認知症が進行したのかもしませんが、あの、右下に視線を落とさないと思考回路のスイッチが入らない状態はすでに脳に異変が起こり始めた兆候だったのかもしれません。
 現在、膝の手術から1年以上が経過しましたが、毎朝私が15分くらいリハビリを兼ねて膝周辺のマッサージを行っています。膝の方はすっかり良くなって今は杖無しで普通に毎日たくさん歩いていますが、認知症の方もだいぶ軽くなってきました。毎朝(仰向けで寝た状態で)マッサージをしながらいろいろ考え事を投げかけるのですが、今は右を見ながら考えるのではなく、視線をまっすぐ天井に向けた状態、つまり前頭葉にイメージを浮かべながら考えるようになりました。膝の調子が良くなった影響かもしれませんし、毎日たくさん歩くようになった影響かもしれませんが、明らかにからだが改善したことで考え方(思考を展開する場所=思考回路)が変わり、脳の働きが良くなってきたのだと思います。

 さて、かかと重心で後頭部で考え、疑いの回路を使ってしまう勉強会のメンバーに対しては、かかと重心を改善するための施術を行いました。前回取り上げました小趾側のアーチをしっかりさせることもその中に含まれますが、重心の位置が足の中央部(距骨)になりますと、思考を展開する場所も自ずと前方に移ってきます。この状態では、普通に考えると前頭葉を使うようになりますが、すると変調の検査が簡単にできるようになりました。疑心暗鬼の思いを生み出す回路を使うことなく答えを導き出せるようになったからではないかと私は思っています。
 ですから、この人にとっては、この状態を長く維持することが大切になってきますが、そのためには何に注意し、日々どんなことを実践すれば良いのかということが日常生活での課題となってきます。

集中力が持続しない‥‥考える場所が定まらない

 時々「この人はどこで考えているのかわからない」と感じる人がいます。
 考える時、脳細胞は非常に活発に働くわけですが、そのためには多くの血液(酸素)が必要になります。ですからその人が脳内の特定の場所を使って思考を展開している時にはその場所の血流量が増大することになります。その人が頭を使って考えている状況を注意深く観察していますと、その人が脳のどの辺りの場所を主に使って考えているかを把握することができます。 ところが、時々そのような特徴を持たない人がいます。今右耳の辺りで考えていたのに次の瞬間には左耳の方に移ってしまったり、そして次には頭頂の右側に変わってしまったりするのです。あるいは普段は多くの人達と同じように特定の場所を使って思考を展開しているのですが、何かあって動揺したり、自分の知らないことや不得意なことに遭遇しますと思考を展開する場所が定まらなくなってしまったりすることもあります。「思考が停止してしまったようだ」「頭が回転しない」とはそういうことなのかもしれません。そして、このように考える場所が定まらない場合は集中力の欠如した状態になるわけですが、考え続けることができない、熟考することができない、注意散漫の状態になってしまう、などという感じで認識されるのかもしれません。

からだの力を発揮するために

 私が整体の勉強をし始めた頃、ある本に「仙骨の傾きとからだの推進力には密接な関係がある」という内容がありました。実際、短距離走などのスタートでは、ダッシュ力を得るためにからだを前傾させますが「仙骨が前傾しているとからだを前に押しだす力(=推進力)が増す」という原理と関係があるのかもしれません。
 一般論として、仙骨が前傾している(=骨盤が前傾している)傾向が強い代表は黒人系の人達だと思います。そしてこれも一般的な印象としての話ですが、黒人系の人達は陽気で明るくいつも前向きな感じがします。そして足も速いです。
 私たち日本人は骨盤が後傾気味です。つまり仙骨の前傾が乏しいわけですが、いろんな面で推進力に乏しい傾向があると言うことができるかもしれません。反面、慎重で、平穏で、伝統を重んじ、古き良きものを護るという保守的な良い面があるとも言えます。

 さて、精神面や肉体面に限らず、疲れ切っていたり、落ち込んでいたりする人を観察しますと、まず下腹部(臍下丹田周辺)に力感が乏しく、全身が一体化していないように感じます。
(「全身の一体化」というのは曖昧な表現ですが、自分の統一された意識がからだの隅々まで行き渡っていて、一つのエネルギーで全身が覆われているような感じの状態です)
 そしてこのような人を前にして、施術に入るときには「何処をどうすれば元気がでて、全身の一体感が甦るだろう?」と考えてしまいます。このような状態の人は前頭葉を使って集中して考え続けることが苦手ですし、骨盤もゆるんでいて仙骨は下がった状態になっています。だからといって頭蓋骨や骨盤を整えても問題は解決しません。
 ここが整体師としての経験と技術の発揮どころになりますが、いくつかのポイントをとても繊細に観察しながら施術ポイントを決めていくことになります。 呼吸状態を改善する必要があるかもしれませんし、足のバランスを改善する必要があるかもしれません。あるいは手指先の問題や頭皮の硬さが原因になっていて、それらを整える必要があるかもしれません。
 主観的な言い方になりますが、ベッドに仰向けで寝ていただいたときに、状態の悪いときは全身がベッドにへばりついた状態、つまり重力のなすがままの状態になっているように感じます。思考する場所も頭頂から後頭部にかけての場合が多いですし、腹部をはじめ全身に力感が乏しいように感じます。
 そして、施術を進めている間に少しずつ元気が回復してきますと、思考する場所が前頭部に移り視線が真っ直ぐ上(天井方向)に向くようになります。そして呼吸が深くなって胸やお腹が呼吸に合わせてゆったり動くようになりますが、やがて下腹部や骨盤がしっかりしてくるようになります。
 ここまで辿り着けますと、その人に内在している本来の力であったり、心地良さ、快適さなどが表に現れて、その人自身が自信を回復して自ずからポジティブな状態になると思います。


 うつ病やうつ症状で苦しんでいる人、自信が持てずに精神的にきつい人、根暗だと感じている人、不安や恐れや疑いなどの精神状態につきまとわれている人、心療内科に通っても進歩が見られない人、このような人達は、是非、前頭葉にイメージを描いて考えるようにしてみてくほしいと思います。
 もしかしたら、前頭葉を使い続けることができない場合もあるかもしれません。その時は、からだを整える必要があるかもしれませんし、方法をアドバイスさせていただきますので、一度ご来店ください。