後頭部の打撲による影響‥‥スノーボードなど

 私は昭和35年生まれですが、私たちの世代のウインタースポーツの代表は「スキー」でした。ですから、骨盤が不安定な方(お客様)に対して「スキーなどで尻餅をつきませんでしたか?」などとついつい尋ねてしまうことがあります。硬い雪のところでドスンと尻餅をつきますと、尾骨周辺を打撲してしまい、その傷が影響して骨盤や背骨が不安定になることがあります。そして「猫背」「下腹が出る」「顔が下がる」等々、好ましくない症状につながることがあります。

 ところが私よりも若い世代以降はスキーではなくスノーボードがウインタースポーツのメインになっているようで、尻餅ではなく、後頭部の打撲がからだをおかしくしてしまう原因になっていることを知りました。
 私はスノーボードの経験はありませんので、お客さんから聞いた話で想像することだけしかできませんが、後頭部の打撲による影響で思い通りにからだを使うことができない人や姿勢を保つことができない人がこのところ何人も来店されています。

中殿筋、大内転筋、大腰筋の働きが悪くなる

 長距離走の選手が足底腱膜炎(という診断)と腓骨筋(長腓骨筋と短腓骨筋)の痛みで練習ができないと来店されています。じっとしているだけでも右足の土踏まずから母趾のつけ根にかけて常にジワジワ痛みを感じ続け、歩くこともままならない状況だということでした。左足首の方は踵の外側からふくらはぎの外側にかけて(腓骨筋のところ)筋肉のこわばりによる痛みを感じる状態でした。


 その男性の体型的は、長距離ランナーに多い痩せ型で、下半身はO脚の状態です。O脚の人は重心が外側に行ってしまいますので、走ることによって腓骨筋が酷使されて問題を起こしやすいというのは理解しやすいところです。
 足底腱膜炎と診断されている右足土踏まずの痛みは、実際には短母趾屈筋が痛みを発していて、その原因は付着している骨である立方骨が本来の位置より後方にずれていることでした。

 この青年の走り方を、故障する前の動画で見せていただきましたが、右脚はまずまずですが、左脚の方は自身で地面を蹴って走るというよりも右脚の動きのリズムにただ合わせるかのように後から左脚がくっついて動いているといった感じでした。つまり、極端に表現すれば「右脚だけで走っている」という感じです。これでは右脚の負担が大きくなって故障しやすくなるのは当然だと考えられますし、ましてO脚というハンデがあれば尚更だと思います。(O脚は長距離走にとってはマイナス要素です)

 「どうして左脚を(能動的に)使うことができないのだろう?」という素朴な疑問がまず湧いてきます。筋肉の状態を観察しますと、このブログでも幾度となく登場している大腰筋の働きが悪い状態でした。特に左側の働きがとても悪い状態でしたので、大腿骨は股関節から離れてしまい、それがO脚の原因になっていることに加え、腓骨筋の痛みにつながっていることがわかりました。
 大腰筋は太股の裏側と内側にあります大内転筋に連動しますので「内転筋を使って太股を引き上げることができないし、地面をしっかり蹴ることができない」(=大腰筋と大内転筋が悪い)ことがわかります。

 大腰筋は腰椎の椎体(前面)及び横突起と大腿骨(小転子)をつなぐ筋肉ですので腰椎(背骨)が不安定ですと筋肉の働きが悪くなります。そして実際、彼はそのような状態でした。背骨に沿って存在している脊柱起立筋(脊柱固有筋群)がゆるんだ状態になっているので背骨が全部下を向いた状態になっていて、大腰筋が上手く機能しない状態になっていました。
 「どうして脊柱起立筋がゆるんだ状態になっているのだろう?」というのが次の疑問です。そして、そんなことを考えながら骨盤から後頭部にかけて観察していきますと、後頭部にとても弱い場所(=筋膜のゆるんだところ)があって、それが根本的な原因であることがわかりました。そして「後頭部の、この部分が弱いのだけれど‥‥」と尋ねますと、「だいぶ前にスノボで後頭部を強打し、脳振とうを起こして気を失ったことがある」ということでした。

 大腰筋、大内転筋の働きが悪い状態ですと走ることだけでなく“忍び足”のようにゆっくり歩くこともできません。軸脚でしっかり体重を支えることができませんので、すぐに反対側の脚を着きたくなってしまいます。(このことについてはこのブログで何回も取り上げています。)
 そして軸脚でしっかり立つことができるようになるためには中殿筋の働きも重要です。最低限、大腰筋と大内転筋と中殿筋の働きがしっかりしていないと、軸脚でしっかりからだを支えて立つことができませんので、歩き方も走り方も、そして立ち方もおかしくなってしまいます。
 しっかり立つことができない、しっかり地面を蹴ることができない、股関節内側の筋肉を使って太股を引き上げることができない、こんな状態であるにもかかわらず陸上選手として練習し続けなければならないわけで、「故障してしまうのは当然の流れかな?」と思えてしまいます。

姿勢が保てず顔が下がる

 若い女性が、「良い姿勢が保てず、すぐ猫背になってしまい、さらに顔も下がっている」ということで来店されました。
 このブログを読んでいただいていて「顔が下がっているのは、きっと後頭部が上がっているからではないかと思った。横顔の自分の写真を見ると他の人たちに比べて頭が尖っているように感じる」と仰いました。
 実際、座っていただいても骨盤を立てて座ることができません。「骨盤を立てる、という意味がわからない」と仰います。「では、背筋を伸ばして良い姿勢を作ってください」と申しますと、背中の中程を反らせて背筋を伸ばそうとしますが、動作に無理があってなかなか大変そうです。瞬間的にはできても、背筋を伸ばした状態を保つことはできそうもありません。
 これらの主な原因は背筋(脊柱起立筋)の働きが悪いことです。
 「ギックリ腰や尻餅をつくなどして、動けなくなったような経験はありますか?」と尋ねました。答えは「No」です。
 年齢的なこともあり、上記(陸上選手)のようなこともありますので、
 「では、スノボなどで後頭部を強打したことはありますか?」と尋ねてみました。すると「Yes」という返答でした。脳振とうを起こすほどひどくはなかったようですが、打撲の後はしばらく動くことができず、安静にしていなければならなかったくらい衝撃は強かったようです。
 そこで、座った状態のまま後頭部に私の手を当ててみました。すると20秒ほど経った頃から変化が現れ始め、次第に骨盤が立ち始めました。骨盤が立ってきますと自然と背筋は伸び、顎が引かれて猫背は改善し始めます。そして上がっていた後頭部も下がって本来の位置に近づきますので、顔も上がってきます。
 その後1分程度手を当て続けますと、明らかに視線が上がり、自然に無理なく目が大きく開くようになりました。それまで力の入っていた首・肩・顔周辺から力が抜け、重心が下がって下腹部で上半身を支えることができるようになったため、何の無理もなく良い姿勢を保つことが出来るようになりました。
 この女性の場合も、スノボで打撲して以来、猫背で顔が下がる症状に悩まされていたことになります。顔が下がり、目を開くのに額の筋肉を使わなければならない状況は、女性にとって心理的なストレスをもたらすことに繋がりますので、原因がハッキリし、対処法がわかって良かったと思っています。
 この方は遠くにお住まいの方で、私のところに通うことは叶いません。ですから日々行っていただきたいセルフケアをアドバイスさせていただきました。

 この仕事をしていますと、毎日いろいろな体型の人に出会います。一人一人の顔が違いますように体型もそれぞれ違いますが、そういう個性的なものとは別に、「からだのケアをすれば、もっと楽に生きられるようになるのになぁ」と思うこともしばしばあります。
 その一つが過去の打撲や捻挫による影響であり、前回投稿させていただきました手術痕の影響です。
 例えばロボットや機械の類は、部品が故障して機能しなくなりますと目的の仕事がまったくできなくなってしまいます。部品の修理か交換が解決策です。ところが私たちには自然治癒力が備わっていますので、ある程度の傷までは、休んでいれば次第に癒えて元の状態に戻ることができます。しかしながら傷のダメージが強いと、自然治癒力だけでは完全な状態に戻ることが難しい場合もあります。そしてダメージを受けた部分が完全に元の状態に戻らなくても、70~80%くらいまで改善すると目的の働きを行うことが出来るようになりますので、「それで良し」と考える傾向にあるようです。
 足首を捻挫しても、腫れが引いて痛みがなくなり、普通に歩くことが出来るようになれば「それで良し」。脳振とうを起こすほど後頭部を打撲しても、頭痛や吐き気がなくなり、普通に歩いて、普通に生活できるようになれば「それで良し」。医師も私たちもそのような暗黙の了解の中にあるのかもしれません。
 ところが、それら「過去の傷」は思わぬところに悪い影響をもたらしていたり、あるいは加齢によって体力が落ちてきた頃に「きっとあの時のケガの影響だ!」という感じで思い出され、「なんであの時しっかり治しておかなかったのだろう」と後悔の念を抱かせるかもしれません。
 しかし、例えそうだったとしても、諦めるものでもありません。私たちの細胞は日々新陳代謝を繰り返しています。加齢によって新陳代謝の力が衰えたとしても、ちゃんと血液が廻るように整えてあげることによって過去の傷によるダメージはかなり軽減できると思います。

 ここで筋肉的な観点を離れて東洋医学的な見解で少し考えてみます。
 前回は腹側の「任脈(ニンミャク)」について触れましたが、今回は後頭部であり、背側の「督脈(トクミャク)」に関連する話題でもあります。

 督脈は尾骨から始まり、仙骨~背骨~後頭部~人中(鼻下)まで続く背側の正中ラインですが、ここに傷やダメージがありますと姿勢を保つ、歩く、走る、感覚を鋭敏に保つといった、言わば動物的な機能に影響が現れる可能性が高くなります。
 美容整形などで鼻や人中などにメスを入れたり、中には頭蓋骨を削るなどの手術を行うこともあるようですが、「止めたほうが健康のためです」と私は断言します。そして私と同業者で「小顔整体」と称して頭蓋骨をガツンガツンいじったりする施術もありますが、警戒してください。
 これらを行った後の経過が悪く、苦労している人や後悔の念に苦しんでいる人を何人も知っています。私が施術で対処できる場合もありますが、「もはや難しい」と感じる場合もありますし、あるいは「何度も施術しないと戻せない」という場合もあります。


 今回取り上げました後頭部のダメージを改善する方法は限られています。そこにテープを貼ることができるのであれば対処法も簡単なのですが、後頭部には髪の毛があるので、それができません。ですから手を当てることだけが対処法です。「どのように手を当てれば良いのか?」については場所と深さが大切で、「目が開いて視界が明るくなることを目安に」というのが答えになります。これは来店されないと具体的には理解できないと思いますが、このセルフケアを繰り返しているうちにやがてダメージを受けてエネルギーの低下している部分が復活するようになり、問題が解決されていくことになります。