座っているとお尻の骨が痛くなる

 車や電車や飛行機などに長時間座り続けているとお尻の骨(坐骨付近)が次第にゴツゴツしだし辛くなったり痛くなったりする経験はどなたにでもあると思います。
 その原因は“お尻が疲れるから?”というのが一般的な見解だと思いますが、中には1~2分くらいしか座っていないのに坐骨付近が痛くなってしまう人がいます。ですから一概にお尻の疲労が原因であるとは言えません。今回はこのことについて考えてみたいと思います。

ハムストと坐骨の関係

 太ももの裏側の筋肉をハムストリング(略して“ハムスト”)と言います。ハムストリングは坐骨から始まって太ももの裏を通り膝下の裏側につながっている筋肉群です。
 ハムストリングは坐骨を筋肉の出発点(起始)としていますので、坐骨の状態に深く関係する筋肉です。筋肉の性質上、同じ筋肉のどこかに働きの悪い部分が生まれますと別の部分がこわばって硬くなるという仕組みがあります。例えばハムストリングの中間部分、ちょうど太ももの裏側、座面についているところにゆるんだ部分ができますと、起始部の坐骨に近いところにこわばりができてしまいます。筋肉はこわばりますと硬くなりますので、“坐骨が尖ってゴツゴツした感じがする”という症状が現れます。
 基本的に、筋肉は同じ状態を長時間保つことが得意ではありません。特に伸ばされた状態で長時間耐えることは苦手です。椅子に座り続けることは、ハムストリングが座面に接触し続けることですが、加えて太ももの重みがかかっていますので、筋肉・筋膜・皮膚が重さに耐えながら伸ばされ続けているということです。時々立ったり歩いたりして筋肉を動かすことができれば、伸ばされ続けている状態は一時的に解消されて、一端リセットされますので筋肉が疲弊することもないのですが、そういうことができない場合は、筋膜や筋線維が伸ばされ続ける状態に耐えられなくなり、疲弊して収縮できなくなってしまう部分ができてしまう可能性が高まります。それは喩えて言いますと、筋肉や筋膜に“伸びきってしまい縮むことができなくなってしまったゴム”のような部分ができてしまうということです。そうなりますと筋肉全体の働き(収縮力)が悪くなりますので、それを補うように同じ筋肉の別の部分にキュッと硬く縮まったこわばりの部分が発生することになります。

 座り続けていますと次第に坐骨部分が尖ったように感じたり、あるいは坐骨周辺に“妙にありありと感じられる硬いもの”が感じられるようになることがありますが、それはこのような原理で生じます。

 坐骨が痛くなる理由は他にもありますが、“座り続けていると痛くなる”といった場合はこのような仕組によるものが最も多いと思います。また、何らかの理由でハムストリングがゆるんでしまっている人は座ると間もなく坐骨が痛くなったり腰が痛くなったりしてしまいます。ハムストリングはスポーツで肉離れを起こしやすいところですが、肉離れを患っている人は座面に太ももをつけるだけでも耐えられなくなってしまうことでしょう。

 さて、映画館などで長時間座り続けていなければならないときに坐骨や腰が痛くなった場合などの対処法としては、太ももと座面の間に手を入れて温めたり擦ったりしてハムストリングのゆるみを改善するようにすることが良いと思います。お尻をモゾモゾ動かしたり、お尻の痛くなったところに手を当てたりするより効果的です。

ハムストリングがゆるんでしまう理由

 上記のように筋肉が何かに長時間接触していたり、荷重がかかり続けていたりしますと筋線維が伸びて収縮できない部分ができ、筋肉の働きは悪くなりますが、それ以外にも筋肉がゆるんで働きが悪くなってしまう状況はあります。
 一つは使いすぎによるものです。これは筋肉疲労のことであり、この場合は休養することによって機能を回復することができます。
 もう一つは血液循環不良によるものです。端的な例は“冷え”です。からだ全体が冷えたり、部分的に冷えたりしますと動脈の巡りが悪くなり、細胞に十分な酸素が届けられないので筋細胞の働きが悪くなって筋肉はゆるんだ状態になってしまいます。
 その他には神経の問題もあります。ハムストリングで申せば、坐骨神経がコントロールしている筋肉ですので、坐骨神経の状態が悪くなりますと筋肉は働きの悪い状態になります。
 また他の筋肉の影響によってゆるんでしまう場合もあります(これが一番多いかもしれません)。例えば腰や膝が悪くて、歩いたり立ったりするときに下半身全体で踏ん張ることができない状況になりますと、自ずと通常以上に足の指に力を入れて頑張ることになります。それによって足裏や足趾(足指)の筋肉はカチカチにこわばりしますが、その影響でハムストリングがゆるんでしまうことがよく起こります。ふくらはぎはパツンパツンに張っているのに、お尻や太ももの裏はユルユルといった感じです。高いヒールを履いている人、靴のサイズが合っていない人、かかと体重の人、歩き方の悪い人、背中の丸まった人、こういう人達の足趾はこわばっていることが多いのですが、すると筋肉の連動関係、拮抗関係でハムストリングはゆるんでしまうのです。

筋肉は同じ状態を長く続けることが苦手

 今となってほとんど死語になりつつある“根性!”は、私の幼い頃、漫画「巨人の星」の時代にはごくごく一般的な言葉でした。「姿勢を正しく保ち続けることができないのは忍耐力が足りないからだ」などとよく言われたものです。今、この仕事についていろいろな方と接していますと、“耐えられる身体”と“耐えられない身体”という判別がつきますので、「今の状態では、それ(姿勢良く座り続けようとすることなど)は無理です」などと申し上げることがあります。
 ところが現実の今の社会では、この“無理”を強いられている場面がけっこうあります。デパートなどの売り場で働いている人は、お客さんが居ても居なくても座ることは許されない、などと耳にします。接客が忙しくて動き回っているのであれば、からだは疲労しますが、筋肉は同じ状態をじっと耐え続けるといった状況にはなりませんので疲弊してゆるんでしまう可能性は少ないです。ところが暇で動くこともないのに、座ることは許されず立ち続けていなければならない状況になりますと、筋肉は無理を強いられることになります。下半身の筋肉が疲労してきて次第に働き悪い状態になるわけですが、それでも立ち続けていなければならないとなりますと、無意識に肩や背中に力を入れて頑張り続けるようになってしまいます。肩こりがきつくなったり、背中の張りに辛さを感じる原因の一つであると思います。
 また反対にPC作業などで一日中座り続けていなければならない、というのも筋肉には良くありません。姿勢が崩れていくのは当然のことだと思います。筋肉は、それ自身が伸びたり縮んだりするようにできています。つまり伸縮を繰り返すのが本来の在り方ですので、どちらか一方に偏るという使い方は間違っているのです。
 職場環境改善を取りざたされている今日、整体的な観点で申し上げれば、企業側はこういうことにも配慮する必要があると思います。売り場の片隅、お客さんから見えないところに少しの時間でも座れる椅子を用意すことも職場環境の改善ではないでしょうか。
 座り続けることの多い仕事では、上司の方が積極的に声を掛けて、時々立ったり歩いたりすることを促すことも大切なように思います。
 

 今回のテーマは「座るとお尻の骨(=坐骨)が痛くなる」というものですが、その最も多い理由は太股裏の筋肉(ハムストリング)や筋膜がゆるんで働きの悪い状態になっていることだと私は思っています。
 筋肉や筋膜の働きが悪くなっているところに、さらに物(座面)と接触したり、荷重がかかったりしますと、筋肉や筋膜は耐えられなくなって反乱を起こすように、坐骨周辺を硬くして痛みとして訴えるようになります。
 ですから、このような場合は、痛いところ(坐骨周辺)を揉みほぐして弛めることが解決策ではなく、ゆるんで働きの悪くなっている部分の機能を回復させることが正しい対処方法です。そこを間違えますと状態が悪化することがあります。
 
 お尻が痛いからと、太股の裏に低周波治療器の端子を貼ったりする場合は、細心の注意が必要です。強い力(電力)でハムストリングを刺激し続けた結果、坐骨周辺だけでなく、お尻全体が硬くなって坐骨神経痛に苦しむようになった人を知っています。くれぐれも注意してください。