からだの緊張と舌の関係

 これまで「舌」の重要性について、幾度となく取り上げてきました。私は実際に施術を通して舌が持つ強い力と神秘性について体験していますので、その重要性を、おそらく皆さんよりもよく認識していると思います。
 感覚器官としての舌は味を感じるという役割があります。食べ物が「美味しい」とか「まずい」とか私たちは感じて判断しますが、本来、舌が味を感じるのは、食べて良い物と食べてはいけない物を選別するためです。私たちの感覚を満たすことよりも、それ以前に、生命を守るという大変重要で、根源的な役割が舌にあることを私たちはもっと認識する必要があるのかもしれません。
 行為器官としての舌は、「しゃべる」という役割を担っています。例えば泥酔して舌が回らなくなりますと、何を言っているのか聞き取れなくなりますが、このことだけを取り上げましても「舌は発音や発声の要である」と言うことができます。そして発声に関して考えますと、舌の他に、声帯(喉)、気管(呼吸)、唇と頬なども絡んできますが、これらを整えることも舌の状態を整える上で重要な項目になります。
 また、生活習慣病の中で舌と関わる病態として有名なのは無呼吸症候群ですが、実際には、噛み合わせ(反対咬合含む)、噛みしめ癖、口呼吸、緊張(リラックスできない)などの症状とも舌は深く関わっています。
 今回は、舌の状態とからだの緊張との関係を中心に、舌の状態を整えることの重要性について取り上げてみます。

口を閉じてもリラックス状態でいられるために

 たとえば整体的な、あるいは解剖学的な観点で「口を閉じる」ことについて考えますと、一般的にはそしゃく筋と口輪筋(表情筋)の話が中心になるかと思います。
 解剖学関連の書物によりますと、そしゃく筋は下顎を引き上げて顎を閉じる働きをする筋肉だと解説されています。食物を噛み砕き、口の中でモグモグするときに中心になって働く筋肉です。
 顎を閉じるための筋肉ですから、口を閉じる時には当然働き続けていると考えることができます。ですから、寝ているときにポカーンと口を開けてしまったり、昼間でも力を抜いた状態や何かに夢中になった状態になると口が開いてしまうのは「そしゃく筋の働きが悪いのかもしれない」という考えに方に行き着くかもしれません。
 また、顔面神経麻痺などになって表情筋が働かない状態になりますと、口輪筋が収縮できなくなりますので「口笛を吹く」動作のように唇を閉じることができなくなります。子供達の中には「よだれ(涎)」を垂らしてしまう子がいるかもしれませんが、それは唇の締まりが悪いことの現れでもありますので「口輪筋の働きが悪い」という考えに行き着くかもしれません。

 私もこの仕事に携わってしばらくは、そのような考え方をしていました。しかし、「寝ている間も(口呼吸にならないよう)、口を閉じ続けるためにそしゃく筋を働かせ続けるのは疲れはしないだろうか?」、「口をポカーンと開いた、間抜け顔にならないよう、唇を結び続けるのは疲れはしないだろうか?」というとても素朴な疑問を抱き続けていました。
 そして最近になって、口を閉じながらも、唇が開かない状態を保ちながらも、リラックスして、さらにそしゃく筋や口輪筋から力が抜ける状態が存在することを、理屈とともにしっかり認識することが出来るようになりました。
 それは「舌の力によって口を閉じる」というものです。
 良い状態になりますと、自然と舌が上がってきて、口蓋(口の中の天井)にピタッと貼り付くような感じになるのですが、それによって口が閉じるようになります。そして同時にそしゃく筋や口輪筋からは力が抜けて、それらがゆるんでいく感じがするようになります。

 一般の人は、舌の上がり、下がりと言われても何のことかピンとこないかもしれません。そこで、ちょっと試していただきたいのですが、首のつけ根(第7頚椎)を中心に、ガクッと頭をさげるように首を前に傾けますと、相対的に舌が上がって口蓋を押しつけるような状態になるかと思います。下を向いていますので当然、顎(そしゃく筋)に力を入れなくても口は閉じた状態になっています。

 次に、今度は首のつけ根を中心に首を後方に倒して上を向くような状態にします。すると舌が下がって口の底の方に沈んだようになります。そして口も開き気味になりますので、この状態で口をしっかり閉じた状態を維持するためには顎関節の筋肉(そしゃく筋)を働かすことになります。
 首の角度によって舌が上がったり下がったりするのを実感していただけたと思いますが、これと同じような状況が通常の立位や座位の姿勢の時にも起きています。そして、通常は舌が上がっている方が「良い状態である」と言うことができます。

 舌が上がりますと、舌の力を利用して口を閉じた状態を苦もなく維持することができます。そしてさらに良いことは、舌が口を閉じてくれていますので、そしゃく筋をゆるめることができます。すると口を閉じていても上下の奥歯は離れた状態になりますし、口輪筋に力を入れなくても唇も閉じた状態になりますので、口呼吸にならないばかりか、表情もゆるやかになります。つまり、口は閉じていても顎周辺からは力が抜け、表情も緩やかになりますので、とてもリラックスした状態を維持することができます。

噛みしめ癖と舌

 心理的ストレスなど精神的要因で食いしばったり、噛みしめたり、歯ぎしり癖になったりすることはあると思いますが、ここではそれらを抜きにして、あくまでも肉体的なことだけで説明させていただきます。

 噛みしめ癖にしても歯ぎしり癖にしても、その本質はそしゃく筋を収縮させる行為です。
 ですから、そしゃく筋を収縮状態にしないことが対策となります。巷の情報として、あるいは「ためしてガッテン」でも取り上げていましたが、「(意図的に)噛みしめないようにする」「気がついたら奥歯を離す」などが対策として有効だとされているようですが、賢い方法ではないと私は思っています。
 まず、眠っているときに「噛みしめないようにする」ことは、普通に考えて無理です。意志の強さで可能になる場合もあるかもしれませんが、このようなことを思いながら寝たのでは「快適な睡眠」は不可能でしょうし、それによる弊害も現れるのではないかと思います。

 さて、これまでにも説明してきたことですが、筋肉が収縮してしまう=こわばってしまう理由は二つです。一つは筋肉の使い過ぎであり、もう一つは骨格が歪んでいたり、何かに引っ張られているので、その力に対抗するために収縮してしまうという筋肉の条件反射のような状態です。
 スルメや硬い物などを噛み続けますと、そしゃく筋はこわばってしまいます。あるいは、片側ばかりで噛んでいますと、そちら側のそしゃく筋がこわばります。これは筋肉の使い過ぎによって筋線維がこわばってしまった(収縮したままゆるまない)状況ですが、形状記憶に似ているしつこさがあります。
 また、たとえば右側ばかりで噛んでしまう片噛みの癖を持った人は顎先が右側に寄りますが(=下顎が右側に捻れる)、すると下顎骨が左の顎関節で(側頭骨から)少し離れた状況になります。この状況は骨格が歪んだ状況ですが、それによって左側のそしゃく筋はこわばってしまいます。

 また、そしゃく筋は下顎を引き上げる働きをする筋肉ですが、反対の働きをする筋肉=下顎骨を引き下げる働きをする筋肉(舌骨上筋群や舌骨下筋群など)がこわばって常に下顎骨が下方に引っ張られている状態になりますと、そしゃく筋はその力に対抗して顎関節を閉じようとしますので、通常より収縮力を高めた状態になります。そしてこの状態が長引きますとそしゃく筋がこわばった状態、つまり噛みしめた状態と同じになってしまいます。

 そして、さらに今回話題にしておりますように、舌が下がった状態になっておりますと、口を閉じた状態を維持するためにはそしゃく筋を収縮し続けなければなりません。ですから、そしゃく筋がこわばり、噛みしめ状態になってしまいます。

 口を閉じたときに、顎先(オトガイ)が梅干しのようになってしまう状態は、口先や顎先の筋肉を収縮させて口を閉じているということですから、舌が下がっている可能性が高いと言えます。そして、このような人はとてもたくさんいますが、単純に考えて、口を閉じる時に顔に力が入っているということですから、本人の自覚に関係なく、顔の表情筋やそしゃく筋は緊張状態になっています。頭痛を感じたり、首肩のコリを感じたりするのは当然のことと言えます。

舌の位置を整えるために

 「出っ尻・出っ腹」についての投稿で、第6頚椎と第4腰椎の在り方が重要だという説明をさせていただきましたが、舌の位置には第7頚椎と第5腰椎の在り方が関係しているようです。
 これまで、舌の位置を上げるためには「内在する上昇する力」が必要であり、そのためには腹筋の在り方や鼡径部が下がっていないこと、小趾側のアーチが崩れていないことが大切であると説明させていただきました。これらの項目は、舌の位置のことだけでなく、からだを快適な状態に保つうえで大切なことですから是非実現していただきたいのですが、今回は、更に最終的な要として第7頚椎の在り方が重要であるという内容です。つまり、小趾側のアーチがしっかりしていて鼡径部の状態が良く、腹筋の状態が良かったとしても第7頚椎の状態が悪い場合は、残念ながら舌の位置を良い状態に保つことができません。

 専門家ではない一般の人に頚椎の細かいことを云々させていただいてもピンとこないと思いますし、内容が難しいと思いますので、こうして説明させていただいても心苦しいところではあります。
 そこで、先ほど試していただきましたように、第7頚椎を中心に首を前に倒しますと舌が上がって口蓋を押し上げるような状態になることを再度確認していただきたく思います。そして、首を真っ直ぐに戻していただき、第7頚椎の棘突起を上方に引き上げてみてください(=第7頚椎の椎体は下を向く)。この時に同じように舌が上がって口蓋にくっつくような状況になるのであれば、それは元々の状態として、第7頚椎が上を向いていた影響で舌が下がっていたということです。

 私は施術において‥‥、ベッドに仰向けになっていただいた状態の時に第7頚椎を直接操作して、舌がどうなるかを確認します。第7頚椎の椎体を下向き(棘突起は上向き)にしたときに舌が上がって、そしゃく筋や口周辺から力が抜けることが確認できましたら、いかにして第7頚椎をその状態にもっていくかを考え、実行します。
 第2頚椎や第4頚椎が捻れていて第7頚椎が上向きになっていることもあります。あるいは、斜角筋がこわばって第6頚椎が下向きになっていることが影響している場合もあります。その他にも胸郭や胸椎との関係や鎖骨との関係でそうなっている場合もあります。
 そして、この第7頚椎の修正に加えて、鼡径部が下がっていないこと、腹筋がこわばって胸郭を下げていないこと、小趾アーチが崩れていないことなどを確認していき、必要に応じて修正していきます。

舌と直筋系と任脈

 ここで「舌」という筋肉の塊について、皆さんに知っていただきたいことを説明させていただきます。

 解剖学者の三木成夫先生(故人)によりますと、私たちの体幹(胴体)の前面には、骨盤底(会陰)を出発点として正中線に沿って左右二本の筋肉(直筋系)が頚部まで走っているということです。それは外陰部の筋肉であり、腹直筋につながり、胸郭(胸骨)で消えたようになりますが頚部前面で頚直筋(胸骨舌骨筋など)として現れます。そしてその終末が「舌」になるということです。途中にあります横隔膜は呼吸運動の要ですが、それはこの直筋系が体内に落ち込んでできたものであるということです。
 ですから、舌、前頚部(喉)、胸骨(の筋膜)、横隔膜、腹直筋、骨盤底は生物学的に一続きのものであると考えることができ、それぞれが密接に関係し合っているということになります。
 これを東洋医学的な面で捉えますと任脈(ニンミャク)のことであり、生命維持にとって非常に重要なライン、急所のたくさんある場所ということになります。

 舌は、締まりがなくなったり働きが悪くなって弛みますと下がり(沈み)ますが、すると気道を狭くしますので呼吸に悪影響を及ぼす可能性があります。そして、それは単に気道を狭くすることだけでなく、同じ系列である横隔膜の働きも弱まりますので無呼吸症候群になる可能性も生じます。さらに連動して骨盤底の筋肉も働きが悪くなりますので、内臓下垂や泌尿系のトラブル、失禁などの症状を招く可能性もでてきます。
 あるいは反対に、お腹の冷えなどの影響で腹直筋の働きが悪くなりますと、横隔膜の働きが悪くなり、喉の調子も今一で、舌が下がって喋りづらくなるといった不調を招く可能性もでてきます。

リラックスして暮らすために‥‥舌との関係で

 単純な話ですが、奥歯を噛みしめた状態でリラックスすることは無理だと言えます。何故なら、そしゃく筋は全身筋肉の司令塔のような役割を担っているからです。そしゃく筋が収縮しますと自律神経の交感神経が優位な状態になると言ってもいいのかもしれません。
 例えば、そしゃく筋の一つである側頭筋が収縮しますと頭を締め付ける状態になります。頭が締め付けられた状態で、あるいは、しばしば頭の筋肉が緊張した状態で、芯からリラックスすることはとても難しいことです。
 ですから、リラックスした状態で快適な睡眠を得たいと望むのであれば、そしゃく筋がこわばった状態にならないように、噛みしめた状態にならないようにすることを考えなければなりません。そして、そのための望ましい状況が、舌の力で口が閉じ、そしゃく筋がゆるんだ状態でも口を閉じ続けていられる状態を実現することです。

 口が開いた状態で眠りますと口呼吸になります。口呼吸は汚れた空気を気管や肺に入れることになりますので、からだに負担を掛けることになります。免疫系が酷使されて抵抗力が弱まる可能性が生じると思います。
 口呼吸を避けるために「口を閉じて寝よう」と心に決めて寝ますと、そしゃく筋を収縮し続けることになりますが、それはリラックスを遠ざけてしまいます。さらに下がった舌は下の前歯を押し続けますので、噛み合わせに影響が現れ、それも不調や不快の原因になる可能性があります。

 精神的ストレスの多い現在、私たちは知らず知らずのうちに緊張しながら生きています。それは大人に限ったことではないと思います。小さな子供たちも、たくさんの情報を浴びて、頭の中が一杯一杯になっているかもしれません。ですから、せめて肉体的な面だけでも緊張の少ない状態、リラックスできる状態を保ちたいものです。
 私はこれまで、歯ぎしりや噛みしめ癖、手を握ってしまう癖などについていろいろと考えてきましたが、今回取り上げました「舌の在り方」は問題解決のための要になるような気がしています。ですから今は、施術時間に余裕のあるときは、皆さんの舌の状態を整えるようにしています。