顔を下げる筋肉‥内側広筋

 私が毎日数人の人達を観察していますが、顔の下がっている人は大変多いです。と、申しますか、程度の差こそあれ、ほとんどの人の顔は下がっています。地球に重力があって、その中で生活している以上、それは仕方のないことでもあります。
 しかし健康面において不調や不具合がでる程、あるいは美容的に問題を感じる程、顔が下がってしまうのは改善したいところです。

 「顔が下がる」というのは、その人の本来の状態に比べて頭蓋骨の顔面部が歪んで下がっているということです。加齢によって顔の皮膚や筋肉がたるんで顔が下がったように見えてしまう場合もありますが、ここでは顔の骨格が下がっていることを中心に説明させていただきます。

 「頭蓋骨が歪んで下がってしまうなど有り得ない!」と思われている人は多いと思いますが、しかし、実際そのようなことは普通に起こっています。
 そして、顔の骨格を下げてしまう理由はいくつもありますが、大きく二つに分けますと、頭蓋骨の関節(縫合)や顔面・頭部の筋肉の問題が原因になっている場合と、顔面頭部以外の原因で顔の骨格が下がっている場合があります。

 今回は、顔面・頭部以外の原因で顔が下がってしまうことについての話になりますが、太股の筋肉が問題になる場合について取り上げます。
 太股の前面には膝を伸ばす働きをする大腿四頭筋(だいたいしとうきん)があります。筋肉についてある程度知識のある人は「大腿四頭筋」という名前はご存じだと思います。
 この大腿四頭筋は、四つの頭(起始=筋肉のはじまり)を持つ筋肉で、膝のところで合流して一つの停止(筋肉のおわり)となりますので、このような名前になっています。つまり、元々は4つの別々の筋肉であったのですが、そのことが施術の実際ではとても重要です。
 からだの基本的な仕組みとして全身の筋肉(骨格筋)は必ず他の筋肉と連動して働きます。大腿四頭筋の四つの筋肉はそれぞれ連動する筋肉が違いますので、「筋トレ」では大腿四頭筋を一つの筋肉として扱うかもしれませんが、整体的には別々の筋肉として扱う必要があります。

 大腿四頭筋の中の一つに内側広筋(ないそくこうきん)があります。大腿骨の内側に沿って位置し、太股の中程~膝にかけての内側面に筋腹が感じられますが、内股の人はこの筋肉が硬くこわばっています。(こわばる≒いつも収縮している状態)

 さて「内側広筋がこわばると顔の中央が下がる」という現象が起きます。
 顔が下がってしまう、あるいは顔を下げてしまう原因は幾つもありますが、内側広筋が強くこわばりますと、腹直筋の中央ライン部がこわばりますので、みぞおちや胸骨を下に引っ張り、喉の中央ライン、オトガイ(下顎の先端)、鼻筋といったところを引っ張ります。
 大きく息を吸い込むと胸や肩が上がって顔の方に迫ってきますが、なんとなく胸郭の中央部や喉の上がり方が悪いと感じたり、制限されているように感じる時は、内側広筋のこわばりが原因している可能性が高いと考えられます。

内股=内側広筋のこわばり

 たくさんの人を見てきた経験から申し上げますと、内股の人は内側広筋が強くこわばっています。そして内股の人の内側広筋をゆるめるために施術するポイントを探していきますと、ほとんどの場合、母趾の内側にたどり着きます。
 例えば、着物を着て草履で歩くときは、普通に歩くように膝を上げて足を大きく前に出して歩くことはできません。ですから内股歩きかガニ股歩きになってしまいます。そういうこともあってか、昔の男性にはガニ股の人が多く、女性には内股の人が多いという印象があります。実際、着物の女性は内股歩きがスマートであり、着物を着て大股で歩くのは不格好に見えます。
 その、チョンチョンとした内股歩きでは足の向きが「ハの字」になるわけですが、すると地面を蹴るところが足底の内側になりますが、一番力を使う部分は母趾第一関節の内側になります。ですから、その部分が強くこわばって硬くなります。皮膚が厚くなってマメができている人も結構います。

 この部分のこわばりはスネ(脛骨)の前面、少し内側の筋膜に緊張をもたらし内側広筋にこわばりをもたらします。そして恥骨から胸骨に向かう腹部のセンターラインにこわばりをつくり、胸骨上の筋膜~首前面のセンターライン、喉仏(後頭隆起)~オトガイにつながる筋筋膜を収縮状態(こわばり)にします。
 この一連のこわばりライン上には胃(みぞおち)がありますので、慢性的に胃の調子は冴えることなく、胸骨も下がっていますので胸が少し窮屈で、息を大きく吸う深呼吸をしても気持ち良いとは感じないと思います。鎖骨の形は「V字」で、首の前面から胸にかけての部分が広く感じられ上を向き続けることは辛く感じてしまうことでしょう。
 そしてオトガイ(下顎の先端)が下がっていることから、その延長線上にある人中(鼻の下)、鼻、眉間など顔のセンターラインも下がっています。
 オトガイは常に下方に引っ張られていますので、食事や会話など口を閉じる動作でそしゃく筋を通常以上に強く使わなければなりませんので、そしゃく筋もこわばり、噛みしめ癖の人と同じような症状(側頭部の頭痛、顎関節の不調など)を持ってしまう可能性も出てきます。
 また、内側広筋のこわばっている人の特徴として、太股が硬く棒のような感じで、膝関節の伸びが悪いというのがあります。長時間仰向けで寝ることは苦手に感じるのではないかと思います。

内股による内側広筋のこわばりは手強い

 内股のスタイルでなくても内側広筋がこわばっている人はいます。
 例えば、O脚の人の多くは膝から下(下腿)が外側にずれていますが、すると太股内側の筋肉には「外側に引っ張られる」という負荷がかかりますので、内側広筋を含む膝内側の筋肉はこわばってしまいます。あるいは太股(大腿骨)と膝下との関係がずれたり捻れたりしますと、やはり内側広筋は影響を受けこわばったりします。しかし、これらのこわばりはO脚状態を改善したり、膝関節の状態を改善すれば解消されてしまいます。
 ところが、長い年月内股状態で生活してきた人は、内側広筋や長内転筋、薄筋など太股内側の内転筋に力を入れて歩いていましたので、それらの筋肉自体が強くこわばってしまっています。
 40歳、50歳、60歳と、内股で生きてきた人たちに対して内転筋をゆるめる施術を行うのですが、形状記憶のようにしぶとくて、なかなかこわばり状態を解消することができません。何度も何度も同じような施術を繰り返さなければならないという現実があります。
 「使い方が変わらなければ、状態は良くならない」というのが整体的な原則です。つまり、形を整えたとしても使い方が以前と同じであれば、結局元の状態に戻ってしまうということです。ですから使い方が変わるように整えるのが整体師としての仕事ですし、内股の人に対しては、内股ではない歩き方や立ち方ができるようにすることが先ず大切なことです。そしてそのためには内側広筋の強いこわばりを解消することがキーポイントになりますが、それがなかなか手強いのです。

内側広筋のこわばりを解消するためのセルフケア

 原因の別に関わらず、内側広筋のこわばっている人のほとんどは母趾先の内側が非常にこわばっていて、奥がマメのようになっています。

 これを揉みほぐすことは有効です。母趾の第一関節付近から母趾先に向けて揉みほぐしたり指圧を加えたりします。この部分の表層は硬くなっていますので、なかなか奥まで圧が届きません。ですから最初のうちは痛みを感じることはないかもしれません。だからといって「特にこわばっているわけでもなさそう」と判断して、それで終わりにしては何の意味もありません。1分、2分、3分と揉みほぐしたり、奥の方へ圧を加えたりしているうちにだんだんと痛みを感じるようになり、やがて痛みが増して非常に痛く感じるようになります。ここからが本番です。
 その痛みに耐えながらも圧を加え続けていますと痛みが少し和らいだり、太股の内側が温かくなったり、あるいは反対に涼しく感じたり、伸びたように感じたりするような変化が現れると思います。そこまで行うことがポイントです。
 馴れないうちは、片方の母趾先だけで10分くらい掛かってしまうかもしれません。しかしやがて要領がわかるようになりますと3分で大丈夫になるかもしれません。
 このように母趾先のその部分がゆるみますと、それまで曲がっていた母趾がなんとなく伸びたように見えると思いますし、第一関節もゆるみますので、首や足首を回すように、母趾先を第一関節のところで回すことができるようになると思います。


 今回は、内側広筋のこわばりによって顔のセンターラインが下がってしまうことについて説明しました。顔だけでなく、胸のセンターラインが下がり、みぞおちが圧迫されて胃の調子も悪くなり、息を大きく吸うことができません(胸が上に上がりきらない)ので、呼吸も浅くなってしまうという状態を招いてしまう可能性があります。
 内股の人に限らずO脚の人も含めて内側広筋のこわばっている人は、スタイルのことだけでなく生理機能にも影響が及んでいることを知っていただければと思います。
 そして顔を下げてしまうからだの筋肉は、まだまだありますので、追々取り上げていきたいと考えています。

追記
 この記事の元原稿は2018年2月に書きました。今回の投稿で文章を少し修正しましたが、加えて2019年8月に投稿しました「恥骨と恥骨結節の大切さ」の中で、恥骨結節と内側広筋の関係について記しました。そちらも参考にされてください。