古傷の影響‥‥舌の下がりと無呼吸症候群

 これまでのブログで幾度となく古傷による影響を取り上げてきました。今回は、幼児期の骨折による影響で、30年間も苦しみ続けている人の話です。
 Aさんは現在たくさんの症状を抱えていますが、舌の落ち込みとそれに関連して口呼吸・無呼吸・浅い呼吸という点に的を絞って説明させていただきます。
 呼吸は私たちの命そのものとも言えるものですが、その善し悪しは体調や健康に大きな影響を及ぼしますし、実際、呼吸状態の悪い人がたくさんいます。

 Aさんは3歳頃、左肘近くを骨折した経験を持っています。そして幼少期、頻繁に中耳炎を患っていたということです。なかなか症状が治まらなかったので左耳にチューブを入れて固定し、後日チューブを抜くという手術したとのことです。そしてその時、同時にアデノイドも切除したとのことです。
 その後、大人になって睡眠時無呼吸症候群と診断され、その原因は舌が顎に収まりきれないので寝ているときに気道に落ち込んでしまっているからだと医師は説明されたとのことです。
 さらに数年前、下垂体腺腫を患い、成長ホルモンの分泌亢進となって、舌、下顎、肋骨が大きくなってしまったとのことです。
 元々は顎の小さいアデノイド顔貌のような感じだったものが、下顎の肥大化によって受け口のようになってしまい、それも悩みの種となっています。さらに、舌も大きくなったことから無呼吸症候群が悪化したとのことです。
 下垂体腺腫は手術により取り除くことができ、ホルモン分泌も改善されたので舌の大きさは元の状態近くに戻ったとのことですが、下顎の大きさは戻ることなく、噛み合わせに問題が残ったままだということです。

 現在も無呼吸症候群状態が続いていて、睡眠時が息苦しいためにシーパップを使用されているということです。
 また、舌が下がっているために滑舌が非常に悪く、他者と会話していても言葉がでなくなってしまうと仰っていました。
 呼吸では吐くことが苦手で、吸った空気を自然に吐き切れていないことが実感でき、最近では上顎が落ちてき細くなり、ガミースマイルのような状態に変化してきたとのことです。
 まだ30代半ばなのに、老化現象がどんどん進んでいるように感じられて非常に悲しい気分だと訴えられました。

 以上がAさんが大雑把な概略ですが、それを整理しますと以下のようになります。

  1. 3歳頃、左肘辺り(尺骨)を骨折した。
  2. その後、中耳炎を頻繁に発症し、それが慢性化したので左耳を手術した。そしてその時にアデノイドも切除した。
  3. 幼い頃から口呼吸であり、若い頃から無呼吸症候群の状態であり、現在もその状況。
  4. 数年前に下垂体腺腫を患い、無呼吸症候群が悪化して、息苦しくて眠れない状況になりシーパップを使うようになった。
  5. 脳下垂体からの成長ホルモンが分泌亢進状態となり、舌と下顎が肥大化した。手術後、舌の肥大化は改善されたが、下顎は大きくなったままで、受け口のような状態になってしまった。
  6. 舌が下がっているために滑舌はとても悪く、最近は上顎まで下がってきている。

 Aさんは、上記の舌と口呼吸に関係する症状以外に、慢性的な首肩の張りと、O脚および右股関節の痛みで10分以上歩き続けることができないという問題も抱えています。

施術の考え方と実際

 Aさんのいろいろな状況を伺って、私が最初に確認したのは左肘の骨折部位でした。もう30年以上前のことですし、本人も幼かった時のことなので、うろ覚え程度ではっきりとした骨折箇所は指摘できませんでした。ですから、私は手指の感触を頼りに骨折箇所を特定していきましたが、尺骨の肘関節付近に骨折痕があることを感じました。その場所に手指を当てますとAさんの舌が上がる気配を感じました。やはり私の予想は合っていたと思いました。
 おそらくAさんは、左肘を骨折した影響で舌が本来の位置より下がってしまったのだと思います。舌の上がり下がりに関しましては、以前に「上昇する力」という項目で説明させていただきましたが、体内に流れている上昇する力、つまり足元から頭部に向けて上がっていくエネルギーの流れが順調であれば舌が上がり、流れが弱まったり滞ったりしますと舌は下がってしまいます。
 左肘の骨折によって上昇する力が弱まってしまったために、舌が下がって口呼吸の状態になってしまったのだと考えられます。

 舌が下がりますと、自然と口は開いてしまいます。「口を閉じよう」と意識し続けていますと、舌の位置に関わらず口を閉じることはできますが、その場合はそしゃく筋を収縮させ続けることになりますので、いわゆる「噛みしめ状態」を継続することになり、顎関節の不具合や頭痛などの症状を招くことになります。(そして、そのような人はとてもたくさんいます)
 一方、舌が上がりますと、舌は口蓋(口の中の天井)を軽く押し上げる状態になりますが、その力で口を閉じ続けることができますので、顎(そしゃく筋)はリラックスした状態を保つことができます。つまり口は閉じていても奥歯は離れた状態を維持することができ、頬周辺や眉間からも力が抜けますので、副鼻腔を使った鼻呼吸ができるようになります。そして、それが普通の状態になります。

 Aさんの左肘、尺骨の骨折痕をしばらく手当てしていました。すると徐々にAさんの口の中で舌が上昇していくのが感じられました。そして、それまで全然できていなかった鼻呼吸が自然と少しずつ行われるようになっていきました。
 左肘を施術していた時間は10分ほどでしたが、じっとただ手指を当てていただけですのでAさんは何をされているのかわからず不思議に感じたかもしれません。

 「私は、この肘の問題で舌が下がってしまったと思っているのですが‥‥」
 「今、そこを施術しているのですが、舌は上がってきましたか?」と尋ねました。
 すると、これまでの記憶では経験したことのない体験ですから、戸惑いも混じりながら
 「確かに、(舌が)上がってきているかもしれない」と仰いました。

 「少しずつ鼻呼吸が始まってますけど、わかりますか?」と尋ねました。
 Aさんは不思議な世界に迷い込んだような感覚に襲われたのか
 「(左)肘と鼻呼吸と何か関係があるのですか?」と仰いました。

 鼻呼吸に関しては、私なりにこれまでいろいろ試行錯誤してきましたが、ベースになるのは「舌が上がっていること」だと思うようになりました。
 舌が下がった状態であっても、意識的に(あるいは無意識に)鼻呼吸を行うことはできます。”鼻づまり”の状態でなければ可能です。しかし、顎を脱力してリラックスした状態でありながら口を閉じ続けて鼻呼吸を続けるためには、舌が上がっている状態が必要です。
 口呼吸を克服するために、唇にテープを貼って強制的に口を閉じ、鼻呼吸を行うようにするような訓練もあります。私もかつて試したことがあります。しかし、寝ている間に無意識にテープを剥がしてしまうことも度々ありました。息苦しかったわけです。ですからこの方法は、今の私からしますと邪道ということになります。
 王道は舌が上がった状態を築き、そしゃく筋をリラックスさせた状態でも自ずと口が閉じる状態にすることです。そして舌が上がりますと鼻の通りが良くなりますので自然と鼻呼吸ができる状態になります。
 また、鼻骨は鼻の通りに密接に関係します。鼻骨が下がりますと鼻の通りは悪くなりますが、鼻骨は上顎骨と関節していますので、上顎骨が下がった状態では鼻骨も下がってしまいます。
 ですから理想としてましては、舌が上がって口蓋を軽く押し上げ、それによって上顎骨が高い位置を保つことができ、鼻骨も上がった状態を保てることです。

 また、鼻呼吸が重要である理由として副鼻腔に空気(吸気)を通すことがあります。副鼻腔は頬骨の深部に「上顎洞」、額(前頭骨)のところに「前頭洞」、鼻骨の奥に「篩骨洞」そしてさらに奥に「蝶形骨洞」があります。この副鼻腔に空気が通過することによって、空気はゴミを除去され、温度と湿度が調整されて気管や肺に入っても安全な状態に浄化されます。

 口呼吸が健康を害しやすい一つの理由は、口から空気を入れてしまうので副鼻腔における浄化作用を受けない不適切な空気が気管や肺に入ってしまうことです。途中、扁桃腺(ワルダイエル咽頭輪)などがあってバイ菌は除去される仕組みにはなってはいますが、冷たい空気や乾いたままの空気が気管に入ることになりますので、トラブルを招きやすくなります。

 Aさんの訴えには、口呼吸、舌の下がりによる無呼吸症候群、そして浅い呼吸がありましたが、舌が上がることによって口呼吸と無呼吸症候群の改善の道筋は見えました。あとは浅い呼吸について対応しなければなりません。
 呼吸が浅い状態を改善するためには、骨盤の可動性、胸郭の動き、副鼻腔、頭蓋骨の可動性というキーワードが登場します。
 胸郭(肋骨)の動きが悪い状態ですと、胸が広がらず胸式呼吸が十分にできませんので呼吸が浅くなってしまうのは想像しやすいと思います。それは主に肋骨と肋間筋や肋骨に関係する筋肉の状態に依存しますので、そちらを調整することになります。

 骨盤と頭蓋骨が呼吸の深さに関係することは、普通、連想できないかもしれません。しかし、実際は大いに関係します。
 息を吸ったとき、骨盤と頭蓋骨は(平たく言いますと)横に拡がります。そして息を吐き出すとき、拡がった骨盤と頭蓋骨は元の状態に戻ります。そっと耳上の側頭部に手のひらを当てて観察しますとそれが解ると思います。

 もし、頭皮や頭部の筋膜・筋肉が硬くなっていて頭蓋骨が広がらない状態だったとしますと、息は途中までしか吸うことができなくなってしまいます。頭を両手のひらでギュッと締め付けるように押さえた状態で息を吸ってみるとそのことがわかります。中途半端のところまでしか息は入ってきませんので、何となく息苦しさを感じると思います。

 噛みしめ癖、歯ぎしりの癖がある人は、側頭部の筋肉(側頭筋)が硬くなっていますので、頭痛を感じやすいのですが、同時に息が途中までしか入ってきませんので、呼吸にストレスを感じると思います。舌が下がっていて、そしゃく筋を使って口を閉じている人も同様です。
 Aさんの側頭部も非常に硬い状況でした。長年にわたる硬さですから、今、舌が上がったとしてもすぐに頭部の硬さが解消されるものではありません。ですから持続指圧によって側頭部の硬さをゆるめました。

 また、副鼻腔に息が入らないとやはり呼吸は中途半端な状態になってしまいます。
 四つある副鼻腔の中で頬の深部にあります上顎洞と、額にあります前頭洞に空気が通るかどうかを目安として施術を行います。

 上顎洞に空気が通りますと息を吸ったとき頬が涼しくなります。そうなるためには頬骨の間を拡げる必要があります。
 私たちはいろんな表情をしたり喋ったりしますが、それによって鼻周りの筋肉が硬くなってしまい頬骨間が狭くなってしまいます。ですから、軽い指圧などによって鼻周りの筋肉を和らげ、頬骨間を拡げるようにします。それによって上顎洞に息が通るようになります。(あるいは骨格が歪んでいて上顎洞に息が通らない場合もありますが、それは別の施術方法になります)

 ちょっと難しいのは額にあります前頭洞に息を通すことです。額の骨である前頭骨と鼻骨との関係が歪んでいますと前頭洞に空気を通すことは難しくなります。鼻骨が下がっていますと、まず前頭洞には息は通りません。
 眉間に縦皺が入りやすい人は、そこに力を入れる癖があるということですが、それも前頭洞に息が通るのを邪魔する要因です。息苦しいとか、辛いとか、目が見にくいとか、その他の理由で眉間に力が入ってしまう人はたくさんいますが、そのような人は眉間や眉のあたりを揉みほぐすなどしてしてみてください。

 Aさんの場合、30年にわたる辛さのためか、眉間に力を入れる癖がありました。そして舌が下がっていたことで上顎骨も下がり、鼻骨も下がっていましたので、前頭洞にはまったく息を通すことができませんでした。

 ちょっと話が飛びますが、Aさんは上記のこと以外に喉仏(甲状軟骨)から甲状腺のある部分が腫れているように硬くなっていました。
 「このあたりも腫れてますけど、甲状腺の問題はありませんか?」と尋ねました。
 「以前にバセドー病(甲状腺機能亢進症)だったのですが、今は治癒しているとの診断です」という返答でした。
 しかし、私の手には明らかに甲状腺が硬く腫れている感触が感じられましたので、やはり「おかしい」と思わざるを得ません。
 下垂体腺腫を患って、成長ホルモンの分泌が亢進したことに関連して甲状腺ホルモンが分泌過多になる状況になったのではないかとも考えられます。

 口呼吸、副鼻腔が使えない、アデノイド顔貌(アデノイド肥大)、下垂体腺腫による成長ホルモン分泌過多、バセドー病(甲状腺機能亢進)、これらは私の頭の中では一つに繋がってきます。そしてその大元は舌が下がってしまったことだと考えることができます。

 左肘の骨折の影響で舌が下がり、口呼吸となって副鼻腔を使わなくなります。それによりバイ菌が口から侵入しやすくなりますが、それを防御するためリンパ組織であるアデノイドが肥大します。さらに、(全くの憶測ですが)副鼻腔の一つである蝶形骨洞に空気が通過しないことで近接する脳下垂体の状態に何らかの変化が生じたかもしれません。成長ホルモンが分泌過多となり、それが甲状腺の活動に影響を与えてバセドー病を誘発し、薬物による治療で症状は改善されたものの名残は残っていて、それが甲状腺や喉の硬さになっているのではないかと、そう考えてみました。

 ですから、改善方法としましては副鼻腔にたくさん空気が通る状態を築くことになります。蝶形骨洞に空気が流れれば、その刺激を受けて脳下垂体は何らかの変化を起こし、ホルモンの分泌に変化が生じて、甲状腺の状態も変化するのではないかと考えました。
 さらに、長年の辛さのためか、眉間だけでなく喉元にも力を入れていたために甲状軟骨に関係する胸骨甲状筋と甲状舌骨筋がこわばっていました。

 これらの筋肉をゆるめる施術を行いました。そして前頭洞と上顎洞に息がよく通る状態にすることを行いました。さらに蝶形骨の状態を整えることで蝶形骨洞に空気が通るようにする施術をおこないました。
 そうしますと呼吸が深くなり、頭と胸が大きく動くようになりました。そして何分かそのような状態を保っていますと、硬く膨れていた甲状腺がスッキリしだし、喉元や首の緊張が取れていきましたが、「今、サッと肩の張りが取れました!」とAさんは仰いました。長年の辛さから解放された瞬間だと思います。
 
 おそらくAさんにとっては、今回の施術でこれまで経験したことのない体験を幾つかしたと思います。

  • 舌が上がることで上顎骨と鼻骨も上がり、(わざとでなく)自然と鼻呼吸ができるようになったこと。
  • そしゃく筋の力を使わずとも口を閉じていられるので、下顎が少し後退し、受け口の噛み合わせが少し変わったこと。
  • スーッと、鼻孔から吸った息が額(前頭洞)や頬(上顎洞)に拡がり、同時に胸が開いて深い呼吸ができること。

 これらの体験は新鮮だったと思います。

 また、Aさんは上記に記した症状以外に、O脚と股関節の痛みなども抱えていましたので、それらに対しても施術を行いました。

 ここから非常に遠くにお住まいのAさんは、新幹線に乗って何時間もかけて来店されました。
 そして4時間の施術を行いましたが、その中で、症状に対する施術と日々のケアについて教えて欲しいとのご希望でした。ですから3時間施術を行い、残りの1時間をセルフケアのやり方についての説明にあてました。 
 これまでのAさんの経過を考えますと、とても一度の施術で改善されるとは思いませんが、私にできることは精一杯させていただきました。当初から一回限りの施術でとお考えだったようです。「また来ることができるのは来年になってしまうかな」と仰り、また何時間も新幹線に乗って日帰りされるとのことでした。


 古傷による影響は、元気で体力があるときにはほとんど感じられないと思います。ところが体力が落ちたり、加齢によってからだの力が弱まりますと必ず何らかの症状を現すと思います。とい申しますか、そう断言できます。
 しかし、このことは現在の医療ではまったく無視されていると思います。30年前の骨折は骨が繋がっていれば治癒されていると医学は判断されるでしょう。
 数十年前の足首の捻挫が現在の骨盤の歪みの原因になっていたり、目がかすんでしまう原因になっているとは誰も思わないかもしれません。
 しかし、からだを順を追って丁寧に観察していきますと、必ずや治りきっていない古傷が大きな影響を及ぼしていることにたどり着きます。
 より快適なからだの状態を求めるのであれば、古傷をしっかり直すことが要になると思います。