体調を整える 呼吸編

 時々、体調の悪い人が訪れます。
 病気と診断されているわけでもないので、いくつか病院を巡っても医師からは明確な応えがもらえず、気持ちまでモヤモヤしてしまい、「鬱なのかなぁ?」などと自信を失っている人もいます。

 私は医者ではないので、このような人たちに相談されても、解決方法などについて明確に応えることはできません。
 しかし、このような人をたくさん見てきた経験から、言えることがいくつかあります。その一つが「呼吸」です。

 私たちはは生きている限り当然呼吸をしていますので、ほとんどの人は呼吸について深く考えませんし、自己観察することもないと思います。
 ところが、私の目で観察しますと、呼吸状態には明らかに善し悪しがあって、呼吸状態の悪い人は体調不良に陥りやすく、また体調不良から回復に時間がかかってしまうと言えます。
 おそらく病院の呼吸器科では、腫瘍の有無、血中の酸素濃度、あるいは喘息などの発作や過呼吸などの症状を頼りに、病名を決め、対処法を決めているのだろうと思いますが、それらの方法では解決できない呼吸の問題もあります。

 「すぐに眠くなってしまったり、考え事がまとまらなかったり、勉強しても全然頭に入ってこなかったりするのは、頭が酸欠状態に陥っているかもしれません」と申し上げますと、
 「血中の酸素濃度を測っても問題ないし、とくに息苦しいというわけでもないので、酸欠というのは考えられない」という類の答えが返ってきます。
 こんなときには、理屈を説明してもなかなか理解されませんので、とりあえず酸欠のような状態を脱するようにからだを整え、そして実際に呼吸が快適になった状態を体験してもらうようにしています。
 すると、頭が冴えた状態、集中力が高まった状態、心から不安が除かれた状態、目の前が明るくなった状態がどんなものかが理解してもらえるようになります。

 私は仕事柄、呼吸状態が悪くて苦しんでいる人をたくさん見てきました。本人は不調や抱えている症状が、呼吸状態が悪いことでもたらされているとは思ってもいません。自分は精神的に弱いのだとか、鬱病になってしまったとか、からだの何処かがおかしくなってしまったと思い込んでいたりします。
 しかし、呼吸状態を改善するだけ不調が改善したり、症状が消えてしまうようなことも起こります。

 私たちは地球上の生物であり、脊椎動物であり、哺乳類に分類される”生きもの”です。この当たり前のことをじっくり考えますと、地球上の生命体として健全に暮らしていくために必要な根本的条件があります。
 その中で以下の3点は非常に重要だと私は考えています。

 1.呼吸が正しく快適に行われること
 2.歩行を適度に行うこと
 3.そしゃく筋をしっかり使うこと

 今回は呼吸がテーマですので、それ以外については別途取り上げたいと考えています。

呼吸の大切さ

 私たちが生きているか死んでいるかを判断する基準はいくつかありますが、「呼吸していることが生きている証しである」ことは誰もが知っていることです。

 呼吸によって私たちは外界から酸素を体内に取り入れて活動のためのエネルギー源としているのですが、私たちのからだの器官で最も酸素を必要としているのは脳です。
 脳は1400グラムぐらいの重さだということです。つまり体重60㎏の人であれば、全身の2.3%ぐらいの重さです。ところが私たちが呼吸で取り込む酸素量の25%程度も消費しているとのことです。(詳細はこちらを参照してください)
 このように脳は酸素を大量に消費しているわけですから、酸素が不足しますと「頭の働きがおかしくなる」ことは、普通に考えて当然のことだと言えます。

不安症と呼吸

 しばしば不安症に襲われる若いお母さんがいます。お子さんが生まれる以前は、たまに不安症に襲われることはありましたが、「大変だ!」というほどではありませんでした。
 ところがお子さんを出産してからは、しばしば不安症に襲われるようになり、そして時々鬱病のような状態になってしまうこともありました。
 彼女の母親が月に一度、からだの手入れのために私のところに来店されるのですが、「娘が今鬱状態で、心療内科に罹ってもパッとしなくて‥‥。整体で何かやり方はある? ちょっとでも良くなればいいんだけど。」と仰いました。
 彼女(娘さん)は嫁いで地元を離れたので、数年来店されることはありませんでした。このたび、しばらくぶりに顔を見たのですが、その表情は不安でいっぱいで、ずっと泣き続けているような感じでした。
 「不安で、不安で‥‥、それじゃダメだと思ったり、赤ちゃんにこんな顔見せてはいけないと思うのだけど、どうしたらよいか全然解らなくて‥‥。」と、なんとか話してくれました。

 施術をしながら私が感じたことは案の上、「呼吸が悪い」ことでした。
 頭(脳)に必要十分な酸素が行き渡っていないので、思考回路が偏ってしまい、あるいは限定されてしまい、何でも不安の回路に繋がってしまうのではないだろうかと思いました。
 それは、つまるところ脳が正常に働いていないということですが、脳へ供給される酸素量を増やすことができれば、解決するかもしれません。

 ところが、「脳内への酸素量を増やす」「酸欠状態から抜け出す」と言ったところで、医学的にはまったく相手にされないことだと思います。
 血中の酸素濃度や血圧に問題がなければ、医学的にはまったくスルーされてしまうことように思います。
 ところが、からだを触ることが仕事の私は、頭皮や頭の筋膜が硬くて呼吸が悪い状態や、呼吸が中途半端で脳に必要十分な酸素が行き渡っていない状況を感じ取ります。
 どうやって感じ取るのか? と聞かれることも多いのですが、文字通り「肌で感じる」のです。

 さて、話しを彼女のことに戻しますが、彼女は考えすぎたせいか、頭全体の頭皮が非常に硬くなっていました。そして呼吸も非常に浅く、胸がまったく動いていないような状態でした。
 呼吸についての細かいことは「自律神経と呼吸」を参照していただきたいのですが、まずは頭が呼吸運動に参加する状態になるように施術を始めました。

 息(空気)は鼻から吸いますが、その吸った空気が鼻孔から副鼻腔に入り、額の中を通って肺に送られるような感覚になることを今回の施術では目指しました。
 そのためには吸気に合わせて側頭部が拡がる必要もありますので、頭皮や側頭筋もゆるめました。さらに下がっている鼻骨を本来の位置になるよう整えるなど、呼吸に関係する頭部周辺の状態を整えました。

 施術は60分行いましたが、まだ十分と言える状態にはなりませんでした。ですから、また近いうちに来店して欲しいと申し上げ、そして「ともかく呼吸を改善しないと、考え方がマイナス思考になってしまうので、普段も呼吸を良くすること心がけてください。」と申し上げました。

 本人の中では、不安症と呼吸、鬱状態と呼吸の繋がりが理解できなかったようですが、「ともかく、何か考え始めて不安な気分になったら、息をゆっくり吐き出すことから始め、ゆったりとした呼吸を行うようにしてください。」と申し上げました。
 私は「まだこの状態では不安症から抜け出すことはできないだろう」と感じました。

 それから一月くらいして再び来店されました。もっと早く来店して欲しかったのですが、鬱状態にある人は、だいたいこんな感じです。私の言ったことを信じてはいないのです。

 2度目の施術では、呼吸についてゆっくりと丁寧に話しながら、胸に息が入るよう作業を進めていきました。
 呼吸状態が中途半端な人は、深呼吸をしても気持ち良く、そして大きく息を吸うことができません。
 腹式呼吸で横隔膜が働き、胸郭の下半分やお腹は動くのですが、鎖骨周辺や肩上部が呼吸運動に参加する状態にはなっていません。

 本人の意識としては「深呼吸をしている」のですが、入らない息を無理やり肺に吸い入れようとしているようで、動作に無理を感じるのです。
 このようになってしまう理由はいろいろありますが、頭蓋骨の歪みやそれによる噛みしめ状態、そして首の筋肉が張っている場合などが関係している場合があります。

 それらの一つ一つの状態を確認しながら調整していき、手指から胸に繋がって胸郭の動きを邪魔する要因などを除去していきました。そして、前回同様、頭部周辺や副鼻腔の状態を調整しました。すると呼吸状態もだいぶ良くなり、自然と深い呼吸ができる状態になりました。(本当は、もっと早くこのようにしてあげたかったのですが)

 施術が終わりますと、泣きべそをかいているような不安で一杯という表情は薄れ、少し笑みも浮かべられるような状態になっていました。
 まだ不安症から脱した状態にはなっていませんでしたが、「もしかしたら、上手くいくかも‥‥」と思いました。

 その後、彼女の母親より状況報告がありまして、精神状態がだいぶ落ち着いてきたとのことでした。そう聞いて私もホッとしました。
 「やっぱり呼吸が影響しているんだなぁ」と改めて感じたのが私の率直な印象です。

 それから半年くらいして、また彼女が情緒不安定になってしまったと母親が言ってきました。産後1年の休職期間も終わって仕事に復帰したら不安症が再発してしまったとのことでした。
 そして、また彼女に来店していただき、今度は黙ったまま、首肩の揉みほぐしと呼吸を整える施術を黙々と行いました。
 彼女も呼吸状態と不安症との関係を理解してくれていたのか、弱音や不安を訴えることもなく、施術を素直に受け入れてくれました。
 それ以来数ヶ月経ちますが、症状は良くなって精神的にも落ち着いていると母親が報告してくれています。

喉の硬さと酸欠状態

 その青年は「頭の回転がとても遅く、ときどき何を考えて良いのか、どう考えて良いのかさえ解らなくなってしまうことがある」と言います。
 そして、「今は頭が自分の頭ではないような気がする」と言って来店されました。

 上記では、呼吸状態が悪くて脳が酸欠のような状態になりますと、思考回路が限定されたり、マイナス思考になり、さらに症状が進むと鬱状態になってしまう可能性があるとの話題でした。
 今回は頭の回転速度と集中力と理解力についての話題です。

 まず、彼の頭を触ったときの感触からお話しします。
 普通、私たちには考える場所、イメージを構築して思考を展開する場所があります。大概は額の中央部、脳で言えば前頭葉の中心部になります。あるいは、人それぞれ、その場所が額の右側や左側など側頭部に近い所だったりする場合もあります。

  頭の中にある様々な記憶や情報をその場所(前頭葉)に引っ張り出してきて、いろいろ組み合わせたり、取り外したりしながら私たちはイメージを構築して思考を展開しるのだろうと思います。
 ところがその青年の前頭葉(額)は触った感触では、空っぽな感じがしました。後頭部とか側頭部の奥(深部)にはモノがあることを感じるのですが、額の奥には何もないように感じてしまうのでした。
 違った表現を用いれば、前頭葉には「気がない」「気が通っていない」という感じです。

 「いつも何処で考え事をしてるの?」と尋ねてみました。
 「? ? ?」
 すると、何を尋ねられているのかまったく解らないといった感じでした。
 「普通は頭の前の方でイメージを展開して考え事をするのだけど、あなたはそこを使っていないように感じるのだけど‥‥」
 「ちょっと九九を暗算でやってみて」と言ってやってもらいました。

 この簡単なテストで、その人がどこで考え事をしているのかがだいたいわかります。その部分の血流が活発になるのが感じられるからです。
 すると、その青年は後頭部で考え事をして感じでした。本来は記憶や情報を溜めておくような場所(と私は思っています)で、考え事をしているのです。ここではイメージを展開することは難しいと思いますので、端的に言いますと「考え事が苦手」なんだと思います。
 イメージを保持することができませんから、集中力はありませんし、思考を展開することが苦手ですから、理解力も乏しくなります。

 母親の話では、「何かを問いかけても、すぐに反応して返事をすることができないし、自分の意見をしっかり話すこともできない」とのことでした。
 私たちは何かを問いかけられたら、普通は「エーッと、それは‥‥」と考え始めて反応することができますが、彼はそれができないということです。
 何十秒か経って、やっと返事が返ってくるので、知恵遅れのように感じてしまうとのことでした。

蝶形骨(ちょうけいこつ)のずれと思考

 前頭葉をうまく使うことができない理由として、彼の場合は頭蓋骨の中で脳の台座となっている蝶形骨がずれていたからでした。
 頭蓋骨は解剖学的に、脳頭蓋(のうとうがい)と顔面頭蓋(がんめんとうがい)に分けられています。脳頭蓋は文字通り脳を収めるための頭蓋骨のことです。眉の下から下顎までの顔面部の骨格が顔面頭蓋で、額の骨である前頭骨は脳頭蓋に分類されています。

 ここでまた皆さんには信じがたいことを申し上げますが、顔面頭蓋に対して脳頭蓋が後方にずれている人がいます。そしてそのような人はけっこう高い割合でいます。
 これは頭蓋骨が歪んでいるということなのですが、それによって眼の働きや頭の働きが低下している場合があります。

 脳の台座となっている蝶形骨は頭蓋骨全体の中心に位置していますが、脳頭蓋が後にずれますと蝶形骨も後にずれます(平行移動ではなく後方に少し回転)ので、脳の働きが低下するのと同時に、前頭葉にイメージを構築することが苦手になるようです。

 彼の場合は、蝶形骨は後方にずれていることに加え、呼吸状態も悪かったので頭がすっかり働かない状態になっていたようです。

 「前頭葉のところでイメージすると言われても、ぜんぜん何のことか解らない」と最初は言っていました。
 そこで私は、手動で蝶形骨を少し前にずらしてみました。すると、それまで頭の中で散漫だった意識が次第に前頭部に集まってくる気配を感じるようになりました。

 すると「何となく前頭葉でイメージするというのが解ってきた。」と彼は言いました。
 そこで、「前頭葉に計算式をイメージするようにして、九九を暗算でしてください。」と言いました。するとそれもできるようになり、「脳の中にある記憶や情報を前頭葉に持ってきて、そこでイメージを描きながら考える」ということを理解してもらえるようになりました。

 さて、問題は彼の脳頭蓋が後方にずれてしまった理由です。それを修正しなければ、彼の希望を叶えることはできません。
 私のこれまでの経験から、顔面が下がると頭部(脳頭蓋)が後方に歪む可能性が高いことは知っています。ですから、その確認から始めていきました。
 顔は予想通り下がっていました。そして胸も下がっていました。さらにその延長である鼡径部も下がっていて足首が硬かったことから、そこに一つの原因があることが推察されました。
 ですから、まず足首を施術しました。硬い足首は、自力で大きく回すことができない状態でした。こわばっている靱帯をゆるめ、ふくらはぎの骨を整えると鼡径部が上がり、腹筋がゆるんで胸も上がりました。すると呼吸状態が少し良くなりました。
 しかし、顔は上がりません。顔を下げている理由が他にもあったからです。

 次に舌の位置を確認しました。すると舌も下がった状態になっていました。
 舌骨や喉仏の状態を確認していきますと、異様に喉仏が硬くなっていました。
 喉仏が硬くなる理由はいくつかありますが、言葉をこらえたり、喉を締めて我慢する癖がありますと喉仏は硬くこわばってしまいます。
 母親から聞いた話から察しますと、彼はおそらく幼い頃から喉を締めて我慢したり、頑張っていたのだと思います。
 そこで喉仏から下顎にかけての硬い部分を柔らかくする施術を行いました。
 すると舌も顔も上がりまして、後方に歪んでいた脳頭蓋も本来のところに戻ってきました。
 彼はこの間、ずっと寝ていましたが、からだはすっかりリラックスした状態になりました。
 呼吸で全く動かなかった鎖骨周辺や肩上部も動くようになりました。

 その後、頭蓋骨の微調整を行いました。副鼻腔に空気が通る状態にして、息を吸ったときに頭が拡がるように側頭部の筋肉をゆるめました。
 これで施術を終えましたが、セルフケアとして、足首をよく回すことと、喉仏から下顎に掛けてゆるめるように手当てをすることを伝えました。そして、「また来てね」と申し上げました。

 その数日後、母親から連絡が入り、だいぶ頭の調子も良くなり、その状態が続いているとのことでした。そして「近いうちに、また行かせます。」とのことでした。
 あれから一月以上経ちましたが、未だ連絡はありませんので、おそらく良い状態が保てているのだろうと思います。


 皆さんに呼吸の大切さをもっともっと認識していただきたいという想いから、二つの具体例を出して説明させていただきましたが「本当に、本当に、呼吸は大切です」。

 昨日、呼吸のことを話題にしながら施術を行っていましたが、「他のセラピストからの薦めもあってヨガを始めようと思っているけど、どう思いますか?」と質問を受けました。
 ヨガとか体操とか、あるいはジムでの運動とか、加圧トレーニング、ピラティス等々、それぞれに良いことなんだと思います。
 かつて私もアスリートとしてトレーニングを行っていた経験からも、適度な運動は良いことだと考えています。
 しかし、トレーニングでは解決できない問題があることを私はこの仕事を通じてよく知るようになりました。
 私たちのからだには構造的に「仕組み」が備わっています。その中の一つには「筋肉システム」もありますが、それ以外にもいろんな仕組みがあります。
 そして、それらの仕組みがやシステムが有機的に絡み合っていろんな活動がスムーズにできるようになっていると感じています。
 それは「狂っている一つの歯車が正常に噛み合うようになると全体がうまく回り出す」というようなものです。
 ということは反面、いくら努力して鍛えても、歯車のいくつかが噛み合っていないと、努力はまったく報われないということでもあります。

 そのヨガを始めようかと相談された人の足首には過去の捻挫が治りきっていない兆候がありました。そこで、私はそのグラグラ気味の足首をしっかりさせるように手当てを行いました。
 すると、その途端に息が胸の中に大きく入るように変わりました。
 この方は、自分の呼吸状態が悪いことを自覚していたので、他のセラピストからの薦めもあり、ヨガによってそれを改善したいと考えていました。
 しかし私は、呼吸を改善するためにはヨガや運動などを頼る前に、足首をしっかり治すことの方を優先させるべきだということを具体的に示しました。

 私は呼吸の大切さをよく知っています。しかし、私の知っている「良い呼吸」と皆さんがイメージしされる「良い呼吸」とはおそらく質的に違うものだと思います。
 ですから、このような言葉(文章)では伝えられないのが残念だと感じていますが、体調を整える上で、呼吸は非常に重要であることだけは知っていただきたいと思っています。