気になる頭長筋の状態‥‥楽に生きるために

 とてもマイナーな筋肉ですが、首(頸椎)と頭部(後頭骨前面)を繋ぐ喉元の深部に頭長筋(とうちょうきん)があります。
 この筋肉はうなずいたり、顎を引いたりする動作のときに収縮しますが、こわばって硬くなっている人がとてもたくさんいます。

 喉元の1番上には舌骨がありますが、その上面から下顎などにかけて舌骨上筋群(ぜっこつじょうきんぐん)と呼ばれる筋肉群があります。頭長筋のこわばりや舌骨上筋群のこわばりは、舌の状態や動き、喉の調子、さらには目や耳や鼻といった感覚器官、表情筋に関係する脳神経の働きにまで影響をもたらす可能性があります。

 ところで、顔や頭部のトラブルの原因になるものとして「噛みしめや歯ぎしりの癖」、「喉元の硬さ」などがあります。
 世間の情報では、「噛みしめないように気をつけましょう」「ストレスを溜め込まないようにしましょう」というのが対策として挙げられているようですが、それはナンセンスと言わざるを得ません。
 「それができれば苦労しない!」というのが、この問題で苦しんでいる多くの人の率直な感想だと思いますし、医学はそれに対して、もういい加減、答えを示す必要があると思います。

 「どうして噛みしめてしまうのだろう?」
 「歯ぎしりをやめるにはどうしたら良いのだろう?」
 「首・肩・喉元から力が抜けるようになるためにはどうすれば良いのだろう?」
 という率直な疑問に対して私は正面から取り組んで来ましたし、今でも取り組んでいます。そして、その中で体験として多くのことを知りました。しかし、まだ解っていないこともあります。

 今回とりあげます頭長筋はその一つですが、まだまだ解っていないところもありますが、これまでに知り得たことだけも、多くの人の役立つ情報になるのではないかと思っています。

頭長筋の場所と働き

 私たちの首の前面には喉があります。喉には「のど仏」と呼ばれている甲状軟骨の喉頭隆起があって声変わりがした男子はそこが喉から突出するようになります。そしてその下から胸にかけて気管が通っていますが、首の骨である頸椎は喉や気管の後側にあります。

 頭長筋はその(第3~6)頸椎の横の突起(横突起)の前面から出発して後頭骨の前面に付着しています。

 私たちが後頭部を触ったときに触れる骨が後頭骨ですが、後頭骨は頭蓋骨の下面まで伸びています。そして、そこに大きな穴があって太い脊髄が通過していますが、その少し前方に頭長筋の付着部があります。
 また、後頭骨と環椎(第1頸椎)の関節面は広くなっていて、環椎に対して後頭骨が少しスライドできる仕組みになっています。
 頭長筋が収縮しますと、後頭骨の前面が後下方に引っ張られますので、首を動かさなくても頭部を前に少し倒す動作(=うなずく仕草)ができるようになります。

頭長筋のこわばりとその弊害

 頭長筋はうなずく時に使う筋肉ですが、実際のところこわばっている人がたくさんいます。
 それは、下向き加減の姿勢でいる時間が長い人がたくさんいるということでもありますが、それ以外の要因も考えられます。

 頭長筋がこわばった状態になりますと、下顎を引いたような状態になります。頸椎(首)に対して頭部(後頭骨)は少し後にずれます。さらに頭長筋の付着部である後頭骨の前面は下を向くように少し回転しますので、後頭部は上がった状態になります。

 この状態では、喉元が詰まったような状態になるのと同時に、後頭部~後頚部の筋肉(後頭下筋群)が張って頸椎の前弯が乏しくなりますので、ストレートネック状態になってしまいます。
 さらに後頭部には大きな穴が空いていて、そこを脊髄が通過していますが、脳幹や小脳に血液を供給する椎骨動脈の流れも悪くなる可能性があります。すると、脳神経の働きが鈍くなったり、その他の脳機能が低下する可能性も考えられます。(「脳神経の働きと椎骨動脈」参照)

 頭長筋がこわばっいることによって眼の見え方が低下する、瞼が落ちてきて眠たそうな顔になる、顔面神経の働きが低下して顔の皮膚がたるんだり、眼を最後まで閉じることができなくてドライアイになってしまう等といった不調や不具合になっている人を現実に知っています。

頭長筋がこわばる理由

 私の頭長筋も少しこわばっています。毎日のように頭長筋をゆるめるストレッチをしていますが、それでも少しこわばった状態になってしまいます。仕事柄、うつむき状態になることが多いことが原因に一つであると考えられますし、現代に生きる私たちは遙か遠くを眺めるような、そんな暮らしではなく、何かにつけ近いところを見ることが多いので、頭長筋や舌骨筋群がこわばりやすいと考えることができます。

 ところで、頭長筋が非常に強くこわばっている人がいます。そして、そのようなタイプの人は、背中を丸めた姿勢で座り仕事をしている時間の多い人のようです。
 例えば、椅子に座ってすっかり背もたれに寄りかり、骨盤をグニュッと寝かせたような姿勢のまま首を前に出したり、上半身を前に屈めるような動作をしますと、自ずと下顎が引かれ、奥歯がかみ合って喉元に力が入った状態になってしまいます。

 骨盤が後ろに倒れた状態では、重心の位置が自ずと坐骨より後側になってしまいますが、すると腹筋でからだを支えることはできなくなります。
 ですから、上半身を屈めたり首を前に出す動作を背中側の筋肉で支えるようになります。すると、その反動のようにして胸~首の前面~顔に力が入るようになってしまいます。
 呼吸もしづらくなりますが、これが私たちのからだの仕組みであると言えます。つまり重心が後ろにある状態では、自ずと頭長筋や喉元の筋肉は収縮状態になって(こわばって)硬くなってしまうのです。

重心の位置と頭長筋

 写真の女性は左膝の状態が不完全な状態です。その状態でも毎日5000歩ほど歩いていますが、その影響もあってか両方の足首の在り方に少し問題があります。
 座った状態では重心が坐骨の後側にあります。骨盤が倒れているわけではありませんので、一見背筋が伸びて姿勢が良いように見えるかもしれません。
 骨盤が寝ている状態ではありませんが、重心が後ろにありますので、やはり背中側の筋肉を主体的に使って姿勢を保っています。そのため、背中が少し反って後から何かに引っ張られているような感じになっていますが、その力に対抗するように、口元と顎関節辺りにはキュッと力が入っています。それによって姿勢を保っているような感じに、私には見えます。
 この重心が後側にある状態のまま、天井を見るように上を向いてもらいました。(右側)
 私には、上の向き具合が中途半端に見えますし、首前面の筋肉が緊張して筋張った感じになっているように見えます。
 つまり、苦しそうで、この状態を長くは続けられないように感じます。

 次に、10分ほど施術して足首の状態を改善しました。それが次の写真です。
(専門的には、強くこわばっていた足裏の短母趾屈筋などをゆるめただけです。)

 座位での重心位置が元々より少し前に来て、ちょうど坐骨に乗る感じになりました。(これでもまだ「良い状態である」とは言えないのですが)
 背中側に力が入っている感じはなくなり、口元や顎関節からも力が抜けた状態になりました。(重心の位置が変わるとこんなに簡単に力が抜けるのです)
 そして上を向いてもらいましたが、先ほどとは違ってしっかりと天井を見ることが出来ましたし、首前面の緊張も感じられなくなりました。
 舌骨筋群のは伸び、そして頭長筋もゆるんだので、易々と天井を見ることが出来るようになったのです。

 上の写真は、左側が施術前で重心が坐骨の後にある状態、右側が足首を10分ほど施術した後の状態です。
 頭長筋の変化を説明するために、前屈みになった状態で正面を向いてもりました。普段、ここまでの大きな動きを行うことは少ないと思いますが、頭長筋や舌骨筋など喉元の筋肉がこわばってしまう原因を理解していただきたいと思い、あえて大げさな事例としました。

 頭長筋は顔を下に向ける筋肉ですから、顔を上に向ける筋肉が拮抗筋となります。具体的には後頭部と後頚部繋いでいる後頭下筋群です。
 拮抗関係にあるということは、反対の働きをして相手の働きを助ける意味合いがあります。頭長筋が収縮して顔を下に向けようとしたときには、拮抗筋である後頭下筋群がゆるんで伸び、顔を下に向ける動作を応援します。あるいは、後頭下筋群が収縮して顔(頭)を上に向けますが、拮抗筋である頭長筋が今度はゆるんで伸び、後頭下筋群が収縮しやすいように働きます。

 さて左側の写真では、重心が後方にありますので、頭長筋はこわばった状態=収縮した状態になっています。この状態で上半身を屈め、後頭下筋群を収縮させて顔を上げ、正面を向こうとします。本来であれば、頭長筋がゆるむことで後頭下筋群の収縮を応援するわけですが、頭長筋はこわばったままですので、後頭下筋群はスムーズに収縮することができません。ですから、後頭部では後頭下筋群の収縮が中途半端な状態になり、同時に喉元では頭長筋が伸びたくないと抵抗しますので、後頭部も喉元も硬直したような状態になってしまいます。それでも無理に顔を上げようとしますと、それは無理を強いることになりますので、筋肉や骨格を傷める可能性が生じます。

 他方、右側の写真では上半身を屈めようとしたときに重心の位置が坐骨から恥骨側(前方)に移ることができますので、腹筋を使って前屈みの姿勢を支えることができます。すると胸~首(の前面)~顔にかけてリラックスして筋肉の伸びが良くなります。つまり、前屈みの姿勢でも頭長筋はゆるんだ状態になります。ですから、後頭下筋群の収縮を拮抗筋である頭長筋が応援(補助)できる理想的な状態になりますので、楽々正面を見ることが出来るようになります。

 これまでも幾度となく重心移動の大切さを説明させていただきましたが、本当に大切なことなのです。
 頭長筋に関しては、単純ですが、重心が前に移動すれば筋肉がゆるみ、重心が後ろに移動すれば筋肉が収縮すると言うことができます。
 ですから、座位での重心が坐骨の後ろにある人、立位での重心がかかとにある人は「頭長筋がこわばりやすい生活を送っている」と言うこともできます。

頭長筋のこわばり状態を改善するために

 私たちは毎日の暮らしの中で、大変多くの運動をしています。食べることの一噛み一噛みは運動ですし、言葉を発することも運動ですし、座り心地を変化することも‥‥すべては運動です。
 その運動が大きいか小さいか、あるいは非常に小さいかに関わらず、運動することは重心を移動することでもあります。
 ですから重心移動がない状況での、あるいは上手くできない状況での運動や動作は理屈に反していることになります。合理的ではありません。

 私は骨格と筋肉を整え、からだを整えることが仕事ですから、重心移動がスムーズにできない状況のからだを整える術を知っています。
 しかし、専門家ではない普通の人にとっては、なかなか難しい問題であると言えます。まず、ご自分の重心が何処にあるのかを感じて知ることも難しいかもしれません。

 ですから、「重心位置が何処にあるか?」とか「重心移動ができているか?」ということにこだわらずに、日々の暮らしの中での注意していただきたいことを申し上げます。

①座った状態では、しばしば骨盤を立たせるようにする
 座位での重心が後ろにある人は骨盤がグニャッと寝ている状態になっている傾向があります。いわゆる「背中の丸まった状態」です。
 このような人は、しばしば骨盤を立たせるようにして、坐骨の後側から前側に重心が移動する感覚を養って欲しいと思います。そして、骨盤を立たせる運動を続けることで、いつの日か、それが普通の状態になるようにしていただきたいと思います。
 ただし注意として、骨盤が寝ている状態で恥骨側に重心を移動しようとしないでください。自分では重心を移動したつもりでいても、ただお腹を前に突き出しているだけになっている可能性があります。そして、それは横着です。
 元々横着だったので、骨盤が寝た状態のままいろいろな作業をしていたのかもしれません。これを機に、横着を止めて、からだを正しく使うようにしてみてください。寝ている骨盤(仙骨)を立たせる運動を行ってください。

②正しい正座を取り入れましょう
 正座は私たち特有の文化ですが、そこにはやはり理由があると私は思っています。
 私たちの骨盤は諸外国の人達に比べて後傾している傾向があると言われています。つまり、元々骨盤が少し寝た状態になっているわけですが、それゆえに椅子に座ると、ついつい骨盤を倒して背中の丸まった姿勢になりやすいのかもしれません。
 この話題の詳細は別にさせていただきますが、多くの人が椅子に座ったときに、骨盤にからだを委ねることが出来ません。無意識に、内股に力を入れて座位の姿勢を保つようになってしまいます。姿勢を正そうとしますと、脚に力を入れて背筋を伸ばすようになりますので、反り腰気味になりますし、首や肩に力が入ってしまうのです。
 ところが、このような人に、正しい正座をしていただきますと、反り腰状態は消え、首や肩からも力が抜けるようになります。ここで言う「正しい正座」とは、茶道や華道、柔道などの武道できちっと座る正座の状態のことです。反対に悪い正座とは、やはり骨盤が寝て、背中を丸め、ダラーッとした座り方のことです。
 きちんとした正座をしますと、後傾気味の骨盤が自然と補われて、恥骨側(つまり臍下丹田のところ)にエネルギーが集中します。ですから、楽な状態で姿勢良い状態を保つことが出来るようになります。
 私は施術中、しばしば正座の状態になりますが、そうすることで集中力が高まり施術に没頭しやすくなります。ですから、静かな集中力を必要とする茶道や華道などでは、私たちとっては正座が最も適しているのではないかと思います。そして、なかなか諸外国の人達には、このことは理解させれないかもしれません。
 ですから、一日の中で正しく正座する時間を設けて欲しいと思います。そうすることで、恥骨に力が集まるとはどういうことかが理解できると思いますし、正しい正座の状態から立ち上がったり、横に動いたりするときに腹筋が使われることがどういうことか、が理解できるのではないかと思います。
 ただし、長時間の正座は、足首の外側が伸びたり疲弊したりする可能性もありますので、それには注意してください。

③足首を柔らかくしましょう
 前回の投稿(食欲不振‥‥飲み込めなくて=嚥下の不調)でも紹介しましたが、足首の硬い人がたくさんいます。
 「足首が硬い」とは足首を保持するためのいくつかの靱帯が硬く縮んだ状態になっていること、そして足首周辺の筋肉や筋膜がこわばったり縮んだ状態になっているということですが、それによってふくらはぎの骨(脛骨と腓骨)が下に引っ張られ、膝関節が歪んだ状態になっています。膝小僧が目立ったり、膝の裏側が腫れぼったくなっていたり、硬くなっていたりするのは、そのことの現れです。
 足首が縮んだ状態になってふくらはぎが下に引っ張られた状態になりますと、当然太股も下に引っ張られ股関節が歪んだ状態になります。そして後傾気味の骨盤が、さらに後傾してしまいますので、重心が後側に行ってしまいます。

 実際、写真で紹介した高齢の女性に対して行った施術は足裏で硬く縮んでいたいくつかの筋肉を指圧したり、ストレッチしてゆるめただけでした。左側の写真の通り、元々骨盤が立っている状態でしたから、重心の位置を少し前に移動するだけの作業でしたので、足首の骨格を良い状態にして膝の在り方を改善しただけでした。

 足首には内側と外側に“くるぶし”がありますが、それがグッと下に落ちて靴に当たってしまうような人が多くいますが、そのような人達はここで取り上げたような状態です。ですから、足首周辺の筋肉と靱帯をゆるめて“くるぶし”があがるようにしていただきたいと思います。
 そしてそのためには、前回も紹介しましたが、下の写真のような足首回しの運動を行ってください。


 筋肉は同じ状態を長く保持することが苦手です。つまり収縮し続ける状態、あるいは伸ばされ続ける状態が苦手です。
 私たちの呼吸が呼気と吸気を交互に繰り返すように、筋肉も収縮と弛緩伸張を交互に繰り返していられる状況が理想です。ですから、その状態をなるべく逸脱しないように私たちは注意しなければなりません。
 そしてそのための秘訣は、(何度も繰り返してしまいますが)重心が思いのままに易々と移動できる状態を築いて保つことだと私は考えています。

 今回は、マイナーでほとんど耳にしないような筋肉を取り上げました。この目立たない小さな筋肉が縮んでいようが伸びていようが「それがどうかした?」と思う人も多いかと思います。しかし、私の目絡みますと、私たちが楽に生きるためには大切な筋肉です。

 難しくて解りづらい内容になってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。