両方の奥歯でよく噛むことの大切さ

 私が子供の頃は硬い食べ物が多かったせいか、朝・晩の食事時は母親が、給食の時間は小学校の先生が、必ず「よく噛んで食べなさい」「一口30回は噛みなさい」などと言って、噛むことを面倒だと思う子供たちをさとしていたものです。
 しかし、この30年くらいで私たちの食生活は大きく変化し、食べ物は柔らかさを競うような傾向になり、グルメ嗜好から大人も子供も柔らかい食べ物を好むようになりました。そして時間の節約と噛む労力の節約という目的で、“飲む朝食”のような栄養飲料まで登場しています。
 噛む筋肉の変調がもたらす体への主な影響(整体的な観点から)
    @噛むことや顎関節の調子がおかしくなる
    A体がねじれる、偏頭痛をもたらす
    B体に力が入らなくなる、体が重く感じる
    C顔の歪み、頬のたるみや、目の調子の変調など

 「顎関節症」「痛くて噛めない」「口を開くと痛い」「顎が歪んでいる」「噛み合わせが悪い」などなど、顎関節に関係するトラブルを抱えた人がしばしばやって来られます。
 歯や歯茎などに問題がないのにこうしたトラブルを訴える人の多くは顔(頭蓋骨)が歪んでいるからですが、それは体の歪みが顔にまで及んでいる場合がほとんどです。そして、このような方々のほとんどが、どちらか一方の、あるいは両方の噛む筋肉がゆるんでいます。
 整体師として仕事をしていてつくづく思うことは、“噛む筋肉からお腹の筋肉までは本当に大切だ”ということです。このラインがしっかりしていないと全身がしっかりしてきません。
 誰もが重い荷物などを持ち上げたりするような、強い力を使うときには必ず歯を食いしばります。歯を食いしばるという行為は、噛む筋肉を収縮させる、ということです。まず噛む筋肉に力をいれておいて、それから腕や腰や足の筋肉に力を入れるようになっています。これが私たち人間をはじめとする脊椎動物の筋肉システムです。

 噛む筋肉を専門的には“そしゃく筋”といいます。そしゃく筋には外側から触れることのできる咬筋と側頭筋があります。
 目の下の出っ張った頬骨から下顎にかけての筋肉が咬筋です。
 こめかみのすぐ後ろから耳たぶの上、そして頭部の側面にある筋肉が側頭筋です。
 整体的な観点で申し上げれば、このそしゃく筋がしっかりしていないと全身の筋肉がゆるんでしまいます。ここで云う筋肉が“ゆるむ”ということは“柔らかい”ということとは違います。ヨーガやストレッチなどの運動において筋肉がゆるむということは善いこととして受け取られますが、ここで云う“ゆるむ”という意味は、筋肉が“うまく働いていない”、“ハリを保てていない”といった悪い意味です。
 血液やリンパの循環で考えると、動脈は主に心臓の力によって巡りますが、静脈やリンパは筋肉の働きによって巡ります。ですから、筋肉がゆるんでしまうと静脈やリンパが循環不良を起こすということになります。静脈の循環が悪ければ、当然動脈の循環も悪くなりなりますので、むくみや冷えといった不調を招くことにつながります。

@噛むことや顎関節の調子がおかしくなる
 “硬いものを噛むと顎が痛くなる”というのは、咬筋や側頭筋などそしゃく筋の筋力が弱く、強く噛むことができないため、硬いものを噛んだりするとき他の筋肉や顎関節に余計な負担がかかるからだと考えられます。
 現実に、一週間ほどガムを噛むことによってそしゃく筋を鍛えてもらったところ、すっかり症状が消えてしまった方がいました。
 “口を開くと痛む”、“口を大きく開けることができない”というのは、顎関節にズレがあるなど問題があるからです。顎関節は下顎と耳のある側頭骨との関節ですが、そしゃく筋が直接的に影響を及ぼすこととしては、左側あるいは右側の一方でばかり噛んでいる“片噛み癖”によるものがあります。単純な例では、よく噛んでいる方に下顎が引き寄せられます。するとそれだけで顎関節はズレを起こした状態になりますので、噛み合わせもおかしくなったり、開口時に違和感や痛みをもたらすことになります。
 ただし、実際に顎関節に症状をもった人を見ますと、そしゃく筋が直接関与しているケースよりも、体が捻れていたり、頭蓋骨が歪んだりしている影響が顎関節に及んで症状をもたらしている場合が多いので、施術では全身の歪みを修正していくことになります。
 それでも、全身の歪みの出発点が“片噛み”などそしゃく筋の変調である場合もかなりあります。

A体がねじれる、片頭痛をもたらす
 体がねじれだす原因はいくつも候補がありますが、顔の中では目の使い癖と片噛みの癖がねじれの出発点になりやすい要素です。片噛みの癖では、よく噛んでいる方に体の捻れが始まります。例えば右側の歯ばかりで噛んでいると、肋骨の上部が右の方にねじれます。すると体はそれを修正するようにバストのあたりが左側にねじれます。するとその下が右の方に、へそあたりを境にして骨盤は左側に‥‥、と複数のねじれが生じます。ですから片噛みの癖は直さなければなりません。
 また、そしゃく筋は側頭骨と鎖骨や胸骨を結ぶ胸鎖乳突筋と連動しますので、噛むことが少なく、そしゃく筋がゆるむと胸鎖乳突筋もゆるみます。すると鎖骨や胸骨が下がってしまいます。そして、その下がってしまった胸に連動するように顔の骨も下がってしまう場合があります。額の骨も下がるのですが、すると後頭部の骨(後頭骨)は反対に上がりますので、骨盤の仙骨部から始まる背中の筋肉(脊柱起立筋群)は張ってしまい額やこめかみの筋膜を引っ張ります。それが偏頭痛や頭痛を起こす原因の一つになります。

B体に力が入らなくなる、体が重く感じる
 強い力を出すときには歯を食いしばる必要があることから、そしゃく筋は全身の筋肉の司令塔のような役割をしていることになります。噛むことがおろそかになると、そしゃく筋はゆるんでしまいますので、全身の筋肉もゆるみ気味になります。ここで云う筋肉が“ゆるむ”というのは、うまく収縮することができない状態だということですから、たとえトレーニングなどで筋肉を鍛えていたとしてもその筋力を十分に発揮することができる状態ではないということです。これは、口をポカンと開けた状態で力を出そうとするのと、奥歯をカシッと噛みしめて力を出そうとするのと、どちらが力を十分発揮できるか、その違いだと思っていただければよいと思います。
 このようにそしゃく筋がゆるんでいると、持てる力を十分に発揮することができなくなります。すると、体を支え、動かす筋肉も十分に働けなくなるので、“体が重たくて‥‥”という状態になってしまいます。
 

C顔の歪み、頬のたるみや、目の調子の変調など
 “頬がたるむ”という状態は、顔の皮膚や筋肉(表情筋)がたるんだ状態になっているということもありますが、頬骨そのものも下がった状態になっています。
 上記Aのなかで顔の骨が下がる理屈はお話ししましたが、そしゃく筋がしっかりしているかどうかは顔にハリを保つ要になると云っても過言ではないと思います。
 片噛み癖がある場合、噛んでいる方の頬はシャープになり、噛んでいない方はボワンとした感じになります。そんな観点でご自分の顔を鏡でご覧になってみてください。いかがでしょうか?

  顔が歪む原因もさまざまですが、そしゃく筋の変調は大きく影響を及ぼします。眼鏡をかけている人は、鏡で自分の顔をみたときなど、眼鏡が水平でないことがあると思うかもしれません。それは耳の高さが左右で違うからなのですが、側頭骨の高さが違うということなのです。上記Aでそしゃく筋と胸鎖乳突筋は連動していると申し上げましたが、胸鎖乳突筋は側頭骨に付着している筋肉ですから、そしゃく筋の状態は側頭骨の高さに影響するという理屈になります。また、咬筋にしても側頭筋にしてもそしゃく筋は側頭骨や頬骨と下顎骨を結んでいますので、下顎が左右で違うということにもなります。噛み合わせにも影響します。
 
 “骨がずれると血流やリンパの流れが悪くなる”というのが、ここでの根本的な考え方です。顔がむくむというのは、顔の骨格がずれているからです。
 話が飛躍しますが、膝から下がむくんでパンパンするというのは、膝関節がおかしいからです。痛みを感じるほどではなくとも微妙にずれているので、血流やリンパの流れが停滞するのです。
 ところで、目や耳や鼻といった感覚器官は非常に繊細ですから、血液の流れが少しでも低下しますと違和感を感じるようになります。顔や頭の骨格がずれていると、これら感覚器官の能力が落ちてしまいます。

●注意したい噛みしめる癖
 よく噛まないで食べてしまう癖や片噛みの癖が良くないことは申し上げましたが、もう一つ“噛みしめる癖”にも注意しなければなりません。自分では自覚していなくとも、何気ない時に噛みしめる癖を持っている人はけっこうおります。私自身、肩こりの強いお客さんの揉みほぐし続いて握力が落ちてくると、つい歯を噛みしめて握力が低下するのを防ごうとしてしまいます。考え事に集中しているとき、ストレスに対抗しているとき、あるいは台所仕事に集中しているときなど、噛みしめたりしていませんか?
 噛みしめることの多い人は、そしゃく筋がこわばっています。咬筋がこわばっていると口を開くとき違和感や痛みを感じるかもしれません。側頭筋がこわばってしまうと、それだけでこめかみは緊張しますので、偏頭痛をおこしたり、頭部を締めつけられるような感じになったりします。
 噛みしめる癖のある人は、咬筋や側頭筋をマッサージしてほぐしてあげてください。

ゆめとわでの対応
 ゆるんでいたり、こわばっていたりするそしゃく筋を調整することは簡単にできます。しかし、それは“一度調整すれば済む”というものではありません。日々の食事で両方の奥歯でしっかりよく噛むことが何より大切です。
 そしゃく筋は私たちの体の中で“根本をなす筋肉”であると私は考えています。
 昔、ある人の講演で、「病弱でひ弱な時に、玄米の先生が『一口1000回噛んで食べなさい』というのでそのようにしていると体の内側から力が湧いてきて‥‥」というような話を聞いたことがあります。その方はそれ以来玄米菜食の道に進み、その世界では有名な先生になられたようですが、玄米が善いかどうかは別にして、噛むという行為に、私たちに内在している秘められたエネルギーを引き出す力があるのだと私は思っています。
 実際、来られる人たちの顔を触り、そしゃく筋を触ると、ほとんどの人がゆるんでいます。これを改善するだけで“大きく変わるのに”と思うことしばしばです。皆さんには顔や体が歪んでいる状況を説明し、そしてそれをもたらす原因を説明しています。そしてその中で「よく噛んでください」「食事で噛めないなら、ガムでトレーニングしてください」と申し上げております。
 本当によく噛むことは大切なのです。それが実感です。

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