歯ぎしり、噛みしめ、食いしばりが癖になりますと、からだに悪い影響を与えます。肩こり、首の痛み、頭痛といった直接的な症状を招く可能性が高まるだけでなく、顔やからだに歪みをもたらしますので、肩関節、股関節、膝関節などに不具合が生じる可能性もあります。胸郭が歪みますと呼吸が悪くなったり、動悸や胸の圧迫感、のどの詰まり感といった症状をもたらすことがありますが、その原因は“噛みしめ癖”だったということもよくあることです。
テレビやいろいろな媒体を通じて「普段は奥歯を合わせないようにしましょう」「噛みしめないように常に注意を払いましょう」みたいな情報は多くの人にも届いていると思いますが、それだけではまったく不十分で、解決には至らないと私は常々思っています。
寝ている間に行ってしまう噛みしめや歯ぎしりは“注意のしようがない”ですし、歯科医師はマウスピースで対策することを奨励されているようですが、確かに歯や歯茎は守られますが、歯ぎしりや噛みしめの癖が改善されるわけではありません。たとえば、顎関節の不具合をマウスピースで対処しようとする試みの道理が私には理解できません。反対に、マウスピースの厚さの分、顎が開いた状態になりますので、口呼吸の可能性がでてきますし、噛みしめる筋肉(=そしゃく筋)には余計に力が入ってしまうのではないかと思えてしまいます。
噛みしめてしまう理由を2つの面で考える
精神的に緊張状態になりますと自律神経の交感神経が優位な状態になります。イライラ、心配、不安、恐れなども交感神経を優位にしてしまう原因になりますが、このような状態の時には、無意識下に噛みしめてしまったり食いしばってしまったりすることは誰もが経験されていることだと思います。ですから「精神的な要因で噛みしめてしまう」という現実は存在しますが、精神面は私の専門外ですので、ここでは肉体面を中心に噛みしめてしまう理由について考えてみます。
①エネルギーや血液の循環が悪い可能性
私たちは馬鹿力を出そうとするとき、歯を食いしばって最大限の力を発揮しようとします。それは噛みしめる筋肉(=そしゃく筋)が全身筋肉の司令塔のような役割をしているからです。先ずそしゃく筋を収縮させることによって全身に力(エネルギー)が伝わります。ポカンと口を開いたままでは強い力を発揮することはできません。
また、例えば鉄棒にぶら下がったとして、最初のうち、手や腕などが疲労していない間は歯を食いしばることもなく平然と鉄棒を握り続けることができます。ところが手や腕が疲労してきますと口元に力が入り出し、いよいよそれだけでは耐えきれなくなりますと歯を強く食いしばって頑張ろうとします。
この二つの状況の時、つまり一つはエネルギーをたくさん回して強い力を発揮しようとする時、もう一つは筋肉が疲労状態になり、そのままでは負荷にからだが負けてしまうような時、私たちは食いしばったり、噛みしめたり、歯ぎしりをするのかもしれません。
このように考えますと、からだから力を抜いた状態(リラックス状態)では体内エネルギーが順調に回らないので“噛みしめてエネルギーを回そうとしている可能性がある”と考えることができます。あるいは、眠っている時には血液循環が不良な状態になってしまい内臓の働きを保つことができないので、歯ぎしりをして頑張っているのかもしれない”と考えることもできます。
血液循環について考えてみます。昼間(活動時)は交感神経が優位になって心臓の働きが活発化しますが、心臓はそのポンプ力(=血圧の力)で動脈血を回していますので、肩関節や股関節などが多少歪んでいても血液を循環させることができます。しかし夜中(睡眠時)は、心臓は休養時間となって機能を低下させますので血圧も低下します。睡眠時は副交感神経が優位になって内臓の働きが活発になります。血液は小腸に集まって、その日に摂取した食物からの栄養を血液の中に吸収しますが、小腸に血液を集める力は心臓のポンプ力よりはるかに小さいですから、肩関節や股関節に歪みがありますと全身の循環が上手くできなくなってしまうと考えることができます。そうなりますと消化・吸収・栄養という私たちの生命を維持するための内臓の働きが悪くなってしまいますので、無意識に歯ぎしりをしたり、噛みしめたりして力を伝え、血液循環やエネルギー循環を高めようとしているのではないかと私は考えています。
実際のところ、歯ぎしりの悩みを持っている人には、股関節に歪みや問題を抱えた人が多くいます。四十肩や五十肩の経験者で、肩関節をしっかり改善することなく中途半端な状態にしている人などには、噛みしめ癖を持った人が多くいます。
また循環の問題では“冷え”も考えなければなりません。寒いところに長時間いますと、からだがとても冷たくなって血液循環が低下しますが、やがてからだが震えだしたり、顎がカタカタしたりします。これは熱をつくるためにからだが勝手に起こす反応ですが、歯ぎしりの原理にも通じるように思います。
②筋連動の影響や骨格の歪みで噛みしめ状態になっている
筋肉が硬くなっている場合、それは“肩こり”などと同じように単純に凝り固まっている場合と、筋肉自体が収縮していて硬くなっている場合があります。単純に凝り固まっている場合は揉みほぐしたり指圧したりしますと初めのうちは強く痛みを感じますが、次第に気持ち良さが感じられるようになります。いわゆる「痛キモ」状態です。ところが筋肉が収縮してこわばっている場合は、軽く触れただけでも痛みを感じたり、引き伸ばそうとしますと辛い痛みだけを感じ「痛キモ」の感じにはなりません。
単に噛みしめや歯ぎしりの癖によって顎周辺がガチガチに硬くなっている場合は、筋肉の使いすぎによる硬さ(硬結)ですから持続的指圧などで硬さは次第にほぐれていきます。
一方、筋肉(そしゃく筋)が収縮状態にあって硬くなっている場合は、収縮している原因を解決しなければなりません。それをせずに硬い部分を強く指圧して無理やり柔らかくしようとしますと強い痛みを感じ続けますし、筋肉を傷めてしまう可能性もあります。
歯ぎしり、噛みしめ、食いしばりに直接関係しているそしゃく筋は、胸鎖乳突筋、斜角筋、胸骨舌骨筋、甲状舌骨筋など首周りの筋肉と連動関係にありますので、それらの筋肉の状態によってこわばったり(収縮)、ゆるんだり(弛緩)します。骨格の歪みは首回りの筋肉に変調をもたらし、その影響で連動するそしゃく筋がこわばって噛みしめ状態になってしまうことがあります。
また、肩や胸の骨格が歪んでいますと、それだけで本人の意志には関係なく「噛みしめた状態になってしまう」という現象が起こります。
例えば胸(胸郭)や鎖骨が本来の位置よりも下がりますと、首の筋肉や筋膜が下顎を下に引っ張るようになります。下顎が下に引っ張られる状況は、”口が開いてしまう力”が掛かり続けているということです。するとからだは、無意識にその力に対抗しようとして、そしゃく筋など口を閉じる筋肉に力を入れて収縮力を高め、口を閉じた状態を保とうとします。運動会の綱引きで、相手に引っ張られると均衡を保つためにこちらも力を増して引っ張るようになるのと同じ原理です。
この原理を胸や鎖骨が慢性的に下がっている人に当てはめますと、そしゃく筋は本人の意志に関係なく慢性的に収縮している状態になってしまうということです。そして、この状態は即ち、噛みしめた状態になっているということです。このような場合に噛みしめ状態を解決するためには、そしゃく筋をほぐしてゆるめることではなく、下顎が引っ張られている状況を解決することが必要なことです。
ほとんどの人は、奥歯が噛み合っていなければ「噛みしめていない」と考えています。しかし実際には、歯がくっついていなくても筋肉的に“噛みしめ状態”は存在します。そしゃく筋が常に収縮して緊張している状態です。そしてこのような状態の人に施術を行い、そしゃく筋が緊張状態から解放されていきますと「顎がゆるんで下顎がだんだん離れていく」という驚きに近い感想をいただきます。意志に関係なく顎が動いてゆるんでいくからです。
以上記しましたとおり、“噛みしめ”に対して施術を行う時には、噛みしめの原因がエネルギー循環にあるのか、それとも筋連動や骨格の歪みの影響によるものなのかを識別しなければなりません。
実際の施術では、一つの噛みしめ状態を解除するために、からだから得た情報を元に幾つかのアプローチを行っていきます。そして、その人が噛みしめてしまう原因を特定していき、日常生活での注意事項としてアドバイスしています。
噛みしめてしまう原因は人それぞれですが、多くの人に共通して見受けられるものもありますので、以下に幾つか取りあげてみます。
筋連動による噛みしめ状態の例
・親指の先のこわばりが影響して噛みしめ状態になる
その若い男性は学生の頃、毎日毎日勉強ばかりしていたということです。顎周辺の問題と座り続けることができないという問題を抱えています。顎周辺の問題はそしゃく筋のこわばりによる噛みしめ状態です。座り続けることができない問題は骨盤(特に仙骨)を立てることができないので、骨盤に体重を乗せることができないからです。座っていてもすぐに寝そべった状態になってしまいます。
勉強を続けていたことで、ペンを使い続けていたことと、腋の下を開き続けていた(=両肘を上げた状態)ことが連想できました。筆圧も高いので親指と示指に力が入ってしまう癖を持っていることもわかりました。
この人の問題を改善する要は、右手親指先の強いこわばりを取ることでした。学生時代何年も親指に力を入れていたことから、爪の横から母指球にかけて根深いこわばりがあり、それによって肩甲骨が影響を受け、右のそしゃく筋にこわばりが生じていました。施術で母指のこわばりを解消していきますと、顎が次第にゆるんでいきました。顎の問題はそれだけでほとんど良くなりました。さらに骨盤も立つようになり、座り続けることが可能になりました。
スマホ操作などで親指の先を酷使している人はたくさんいます。それが噛みしめの原因、顎関節症の原因になっている可能性も考えられます。右手母指をたくさん使ってスマホを操作している人で、顔の右側が左に比べて縮んでいたり下がっていたりしていると感じているなら、それは母指先のこわばりが原因かもしれません。
・胸が下がっているために噛みしめ状態になっている
バストの位置が下がったように感じている人は「加齢のせい?」と考えているかもしれませんが、多くの場合、実際に胸郭、つまり肋骨全体が下がって骨盤に近づいているからです。その原因についてはここでは取り上げませんが、胸が下がった結果として首の筋肉が緊張します。するとそれはそしゃく筋に連動し、自ずと噛みしめ状態を招いてしまいます。その他にも喉の調子が悪くなったり、舌も硬くなりますので滑舌が悪くなったり、息苦しさを感じ続けたりするかもしれません。
この問題を解決するためには胸郭を正しい位置に戻すことが必要ですが、それは腹筋の状態(縮んでいる)を改善することがポイントになります。お腹が冷えていると腹筋が縮んで胸が下がってしまうことはよくあることですが、それ以外では足や足底の問題が原因になっている場合が多くあります。硬く平なコンクリートのなど上を歩いている現代人は、足や足底が柔軟性を失いこわばってしまう傾向にあります。そのこわばりが腹筋のこわばりにつながり胸を下げ噛みしめ状態や舌の硬さをもたらしている可能性があります。足首を柔らかく動かしたり、足底や足趾を揉みほぐしたり、硬くなっている踵の両側を揉みほぐしたりすることは対策として有効です。
・膝下の骨がずれていることによる噛みしめ状態
欧米人に比べますとO脚だったり、O脚気味だったりする割合が高いのが私たち日本人の体型ですが、それが膝下の骨(脛骨と腓骨)の外側へのずれによるものだとしますと、いろいろと問題が生じてきます。
膝下の骨が外側にずれる理由はいくつかありますが、一番多いのは太股外側の筋肉が緊張(収縮)して膝下の骨を外側に引っ張っていることです。立った時に足の小趾側に体重が掛かってしまう人(重心が外側に逃げてしまう人)は、この傾向にあります。膝下が外側にずれますと太股内側の筋肉は緊張して張ります。(途中の原理は省略しますが)すると結果的にそしゃく筋は収縮します。顔の表情にも緊張感が生じると思います。
また膝下の骨は外側だけでなく後側(踵側)にずれることもよくありますが、すると股関節の働きや鼡径部の血流にも影響が生じ、エネルギー循環の問題から噛みしめや歯ぎしりの問題を生じてしまうことも考えられます。
階段をゆっくり降りることが苦手な人(パタッと足を着いてしまう人)、正座した状態から立ち上がるのが苦手な人、「膝小僧が目立つ」と感じている人は膝下が後方にずれているかもしれません。
以上の項目以外にもそしゃく筋がこわばってしまう原因はありますが、最近目立つのは以上の3項目です。
「たかが噛みしめや歯ぎしりくらいで‥‥」と思われる方はたくさんいらっしゃると思います。私もかつてはそう思っていました。ところが、からだを整えることを追求していますと、どうしても噛み方や噛みしめや歯ぎしりの問題と、歩き方の問題は解決しなければならないことであると思うようになりました。
しかしながら現実的な施術では、時間的制約もありまして、十分に満足するまでやりきれない場合がほとんどです。歯や歯茎や顎周辺などそしゃくに関係することと、“歩くこと”は私たちのからだをしっかりしたものに保つための核心です。そのことを多くの人に認識していただきたいと常々思っております。