骨盤と腰痛シリーズの3番目は、いわゆる「拡がった骨盤」のイメージに近い、不安定な状態の骨盤について取り上げます。
骨盤を背面から見ますと、仙骨を中心に左右の寛骨(腸骨+坐骨+恥骨)が仙腸関節で繋がった状態になっています。仙腸関節はいくつかの強力な靱帯で強く結ばれていますので、「仙腸関節はほとんど動かない」と主張される専門家もいます。一昔前までは、それが定説になっていたようです。
解剖学は死体解剖を基準としていますので「仙腸関節はほとんど動かない」という見解になるのかもしれません。しかし、生体の仙腸関節はあるていど柔軟性があります。呼吸のリズムに合わせて骨盤は少し拡がったり狭まったりと動きますし、「骨盤の歪み」のほとんどは仙腸関節における歪みですから、「仙腸関節は動くので骨盤は不安定になる可能性が十分にある」と言うことができます。
さて、骨盤の上面は専門用語で腸骨陵(ちょうこつりょう)と言いますが、ここが拡がった状態になっている人がいます。それは仙腸関節の上方がゆるんだ状態になっているとも言えますし、何かの力によって腸骨陵が引っ張られているのかもしれないと考えることができます。
いずれにせよ、骨盤の上方が拡がった状態になっている人は座った時に骨盤が後方に倒れてしまいます。いわゆる「背中(腰部)が丸くなった悪い姿勢」が普通の状態になってしまいます。そして、このような骨盤の状態であるにもかかわらず見かけ上で良い姿勢を保とうとしますと、背中(背筋)に力を入れて反るようにしなければなりません。ですから、このような状態の人は背中が痛くなったり、首や肩が凝りやすい状態になりますし、猫背になる可能性も高くなります。
右利きの人は右の腸骨が拡がっている可能性が高い
以前にも話題にしたことですが、右利きの人の場合、骨盤において仙骨の上部(尖骨底)が背面から見て右側に歪み、左腸骨が後傾し、右腸骨が背面から見て右側に拡がった状態になりやすい傾向があります。
これは右足に体重を乗せている傾向と、右腕を伸ばしてたくさん使っている傾向によることなどによる結果の現れです。腰の筋肉は左側が右側に比べて硬く伸びにくい状況になっていますので、動作を行うと左腰に不調を感じるかもしれません。
右側の腰の筋肉はゆるんでいる状態になっているので普段は違和感や苦痛を感じませんが、筋肉の働きが悪いので座った状態で上半身を前後に動かすなどして重みが掛かったり、あるいは座ったまま左側にある何かに手を伸ばそうとして上半身を左側に傾けますと、それらの動きが支えられなくて痛みを感じるかもしれません。
骨盤の開きと後傾
骨盤はその構造的な仕組みとして、仙骨が下がる(後傾する)と骨盤上部が拡がって下部(坐骨結節)が狭まります。腹式呼吸で息を吸うときにこのような状態になりますので、骨盤や仙骨に手を当てながら腹式呼吸を行いますと、そのことが実感できると思います。
腹式呼吸で息を数段階では、仙骨が少し後傾して下がりますが、それに合わせて骨盤上部が拡がります。そして息を吐く段階では、仙骨が少し前傾しますが、それに合わせて骨盤上部が狭くなる方向に動きます。
つまり仙骨が要になりますが、通常は仙骨が前傾しますと骨盤上が狭く、下部が拡がった「ハの字型」の骨盤になり、お尻も上がった状態になります。反対に仙骨が後傾しますと骨盤上部が拡がり、下部がすぼんだ「逆ハの字型」の骨盤になり、お尻が下がった状態になります。
私たち日本人はアフリカの人たちや欧米人に比べて骨盤が後傾している傾向にありますが、それが故にお尻が下がり短足に見えてしまいます。
私たちの骨盤が後傾して上部が拡がっている傾向にあることは、私たちの姿勢にも影響を及ぼします。骨盤通りに座りますと自ずと腰が少し丸まった状態になりますが、それが故に私たちは椅子に座り続けていますと、その傾向が強まっていきます。椅子に座り続けて何時間も過ごす事務職の人、学生の人たちの姿勢が悪くなってしまうのは、当然の流れと言えばその通りだと思います。
私たち固有の伝統的な文化である「正座」は私たちの骨盤が後傾しやすい傾向を修正するための合理的な座り方です。正座しながら骨盤を寝かせた座り方は、寄り掛かることができませんので普通は長い時間できません。ですからしばしば骨盤を立てて腹筋に力をいれるようになりますが、そうすることで骨盤の後傾による弱点を克服することが可能になります。現在の生活様式では、なかなか正座する機会は少ないかもしれませんが、姿勢を正したいと考えるのであれば、正しい正座を行う機会を増やすことは有効だと思います。
さて、骨盤が不安定なために椅子に座ることが苦痛に感じるような人の場合、骨盤の開きを修正することで症状が消失することが多々あります。
骨盤上部が拡がった状態になっている場合は、座面に着く骨盤下部(坐骨結節間)が狭くなっているわけですが、このような状態では座って骨盤に重みが掛かりますと、益々その状態が強調されてしまいます。
座面に着く坐骨結節間が狭くなっているので座位の姿勢が安定しません。さらに骨盤上部が拡がっているので、腰部の筋肉が自らの能力をしっかり発揮できない状態になります。(専門的には、外腹斜筋と内腹斜筋のバランスが崩れ、それが腰方形筋の働きを悪くする要因になる)
この状態は骨盤がグラグラしている状態ですから、それを補うために腰部や背中や腹部の筋肉が緊張状態になってしまいます。そして、それが腰痛の原因になりますし、座位での動作が緩慢になってしまう原因になります。座りながら物を取ったり置いたりするときに、静かで繊細な動きができずに、物を放り投げるような感じで扱ってしまうかもしれません。それはその人の性格ではなく、骨盤が不安定なだけかもしれません。
骨盤が不安定な状態の特徴
- 仙骨が後傾して下がっているが同時に骨盤も後傾し、骨盤上部が拡がり左右の坐骨間が狭くなっている。
- 座位が安定せず、立ったり座ったりする動作で負荷がかかると痛みを感じる。
- 片側の坐骨だけでは上半身を支え切れないので、座った状態で遠くお物を取ったり、上半身を捻ったりすると痛みを感じる。
- 骨盤を立てた状態で座ることが苦手なので、骨盤を寝かせて腰を丸めた悪い姿勢になりやすい。
骨盤の不安定さに関わる筋肉の変調と骨格
まず、ギックリ腰や打撲による影響などで骨盤底に問題がある場合は、骨盤が不安定になりますが、それはこのシリーズの(1)(2)を参考にしてください。
それ以外の理由で骨盤が不安定になる直接的な要因は、骨盤に関係する筋肉の変調です。
ここでは、普通の人にたくさん見られるケースについて説明させていただきます。
- 縫工筋(ほうこうきん)のこわばり
骨盤前面の上部に縫工筋があります。あぐらをかく動作の代表的な筋肉ですが、太ももを斜めに横切るように進みながら膝下の内側に付着しています。この筋肉がこわばりますと、骨盤前面を内側下方に引っ張るようになります。
たとえば右側の縫工筋がこわばりますと、右側の腸骨は前面から見ますと内側に、頭部から見ますと反時計回りに歪みます。これを骨盤の背面で見ますと、仙骨から右の腸骨が離れる歪みとなりますが、この状態は「骨盤の右側が不安定な状態である」と判断することができます。たとえば、内股やO脚気味の人は立位で体重が足の小趾側に掛かる傾向がありますが、そのような理由でふくらはぎの骨(下腿)が外側に歪みやすくなります。あるいは、踵重心の人は膝裏が腫れぼったくなり、膝下の内側が凹んだ感じに見えますが、それはふくらはぎの骨が後方に歪んでいるということです。これらの歪みによって縫工筋はこわばりますので、結果論的に申しますと「内股の人、O脚気味の人、踵重心の人の骨盤は後傾して不安定であり、お尻が下がった状態になっている」となります。
- 前鋸筋(ぜんきょきん)―大腿筋膜張筋(だいたいきんまくちょうきん)のこわばり
パソコン作業を業務としていたり、腕を伸ばした状態で力仕事をしたり、親指をたくさん使う仕事をしていたり、筆圧が高いなど親指と人差し指に力を入れて手作業をしてしまう癖のある人は肩甲骨を前に出す働きをする前鋸筋が強くこわばっている可能性があります。前鋸筋は脇の下~脇腹にかけてある大きな筋肉ですが、脇の下を指圧したときに「硬いな~」「痛!」と感じたならば前鋸筋がこわばっています。(おそらく胸式呼吸が不十分な状態で呼吸が浅いと思います。)前鋸筋は筋肉の連動として骨盤の前面~太股の真横に繋がる大腿筋膜張筋~腸脛靱帯と関係しますし、ふくらはぎでは膝下の真横にある長腓骨筋(ちょうひこつきん)に連動します。つまり前鋸筋がこわばっている人は太もも外側~ふくらはぎ外側の筋肉もこわばった状態になっていますが、その影響の関連で骨盤が外側に引っ張られる状態になっています。
さきほど右利きの人は右側の骨盤が拡がった状態になっている可能性が高いと記しましたが、その理由は右側の前鋸筋がこわばっている可能性が高いからです。
縫工筋、前鋸筋のこわばり以外の理由で骨盤が不安定になることもあります。腹筋のうち外腹斜筋と内腹斜筋は腸骨陵に付着していますので、これら腹斜筋のバランスの乱れで骨盤が不安定になることもあります。あるいは広背筋、腰方形筋などの影響も考えられます。
しかしながら、上記で説明しました縫工筋と前鋸筋~大腿筋膜張筋の変調とそれに関連する骨格の歪みが原因になっている場合が割合としてかなり高いと言えます。
施術と対策
骨盤の不安定が縫工筋のこわばりによる者である場合、その多くはふくらはぎの骨の歪みですからそれを修正する施術を行いますが、そのほとんどは足の半分より小趾側の筋肉のこわばりと第3腓骨筋のこわばりをゆるめる施術になります。
- 短小指屈筋(たんしょうしくっきん)のこわばりをゆるめる
小趾側を中心に歩いている人は必ず短小指屈筋がこわばっています。この筋肉のこわばりは腓腹筋内側頭のこわばりにつながり、膝下の内側を凹ませる原因になります。 - 長腓骨筋と第3腓骨筋のこわばりをゆるめる
長腓骨筋は前鋸筋とも連動しますが、そのこわばりはふくらはぎの骨を外側に歪ませる原因のひとつです。
また、小趾側を中心に歩いている人は短小指屈筋同様、必ず第3腓骨筋がこわばっています。この筋肉のこわばりは外くるぶしを前方に歪ませますが、それはふくらはぎの骨を内側に捻ることにつながり、縫工筋のこわばりの原因のひとつになります。 - かかと外側のこわばりをゆるめる
かかと重心の人は「膝裏が張っている」「膝裏が腫れぼったい」「ふくらはぎの裏側がいつも張っている」という傾向がありますが、かかとの靱帯や筋膜もコチコチに硬くなっています。加えて小趾側を中心に歩いている人は特にかかとの外側が硬くなっています。
かかとの外側には踵腓靱帯(しょうひじんたい)がありますが、この靱帯が硬くなりますと、腓骨との関節に柔軟性がなくなり足首の動きが悪くなります。そしてその結果として、ふくらはぎの骨(腓骨)が外側下方に歪んで固定された状態になりますが、それも縫工筋のこわばりにつながります。
また、縫工筋は上腕の烏口腕筋(うこうわんきん)とも連動関係にありまして、烏口腕筋は親指の使いすぎなどの影響をうけてこわばることがあります。ですから、手の問題で縫工筋がこわばり、骨盤が不安定になる場合もあります。
縫工筋や大腿筋膜張筋をこわばらせる原因としてもっとも多いのは、小趾側を中心にして立ったり歩いたりしてしまうからだの状態です。
この状態の特徴は、立位でも座位でも、太ももを上げ始める段階で股関節の外側の筋肉を使ってしまうことです。それは大腿筋膜張筋が主体となって太ももを上げている状況なのですが、本来正しい在り方は、股関節の内側の筋肉=大腰筋と腸骨筋を使って太ももを上げ始める状態です。
ですから、施術としては上記で説明した筋肉を整えることになりますが、それだけでは使い方が変わらないので再び同じ状況に戻ってしまいます。ですから根本的な対策が必要ですが、それは股関節の内側の筋肉を使える状態することであり、常に下半身内側の筋肉がしっかり働ける状況になるよう修正して整えることです。
O脚、ガニ股、内股等々、長年の癖によって現在の状態がありますので修正は一朝一夕にはいきませんが、忍耐強く取り組んでいただきたいと常々考えています。普段の筋肉の使い方が変われば、からだは楽になりますし、高齢になったときにそれが顕著に感じられると思います。
前鋸筋のこわばりに関しての詳細は、「背中の張りと痛み 肩甲骨周辺」を参照してください。
現代社会を生きる私たちは、前鋸筋がこわばりやすい環境にあります。スマホの文字入力、パソコン操作、介護、ピッキング作業、スーパーの品出しや商品揃えなどなど、腕を伸ばしての作業は前鋸筋のこわばりに繋がります。
前鋸筋はこわばりますと肋骨の動きを制限しますので、呼吸が悪くなって息苦しさの原因になります。また、背中の痛みの原因にもなりますので骨盤の不安定に限らず、常に柔らかい状態にしておきたい筋肉です。
しなやかさと堅固さが必要
私たちのからだはとても精巧にできていて知れば知るほど神秘的だと言えます。
肉体は無数に存在する筋線維や組織の線維の微妙な働きよって成り立っていますが、「軟らかいながらも、肝心のところはカチッとしてしっかりしている」という特徴があります。
私たちが何かの動作をするというのは、現象的には筋線維が伸びたり縮んだりするということですが、筋線維の働きが良ければそれで大丈夫かというとそうではなく、その動作を支えるための骨格がしっかりしている必要があります。
例えば椅子に座る動作では、お尻(骨盤)が座面に接してから上半身の重みを受け入れるようになりますが、もし骨盤に柔軟性がなく機械のように硬い状態でしたらクッション性の乏しいゴツンとした座り方になってしまいます。
坐骨に体重が掛かるにしたがって仙腸関節が拡がって骨盤にクッション性が現れるので上半身の重みを分散して受け取ることができます。ですから負担の少ない軟らかくスムーズな座り方ができるようになります。
ところが仙腸関節が柔軟なだけでは、骨盤は拡がるばかりで安定して座ることができません。上半身の重みを受け取った後は、骨盤廻りの筋肉が働いて骨盤が拡がりすぎないように自動的に調整しますが、それによって骨盤が安定します。そしてこの骨盤の安定性があるので、からだを骨盤に委ねることでき、腹筋や背筋、太ももの筋肉はリラックスすることができるようになります。腰部の筋肉は緊張から解き放たれますので腰痛を感じなくてすむようになります。
私たちの肉体はこのように「しなやかさと堅固さ」の両方を兼ね備えた非常に繊細な存在です。
残念ながらレントゲンやMRIなどの検査機器では「しやなかさ」や「堅固さ」は測定したり、判断したりすることはできません。骨や骨格に異常が有るとか無いとか、神経やその走行に問題が有るとか無いとか、そのような判断基準では骨盤と腰痛の関係はまったく見当がつかないと思います。
腰痛を着実に改善しようとするのであれば、実際に骨盤を触り、実践的に筋肉の状況を把握して調整することのできる職人的専門家が必要なのだと思います。