一般に「足首の関節」と呼ばれている足関節は専門的な用語で脛骨、腓骨、距骨と呼ばれる骨で形成されています。そして脛骨と腓骨は専門的な分野ではしばしば登場して解説される、言わばメジャーな存在ですが、距骨についてはほとんど語られることがありません。今回は、このマイナーな存在ですが、しかしとても重要な距骨についてお話しをさせていただきます。
私たちの足の骨格は、足根骨と呼ばれる距骨、舟状骨、立方骨、踵骨、外側・内側・中間楔状骨の7つの短骨と、足趾(足の指)を形成している中足骨、趾骨でできています。
かかとは踵骨の後部ですが、踵骨の上面に距骨が位置し、ふくらはぎの骨である脛骨と腓骨と関節を形成しています。(足関節)
私たちは二足歩行ですから、立った時には脚(大腿骨、脛骨、腓骨)が地面に対して垂直の関係になります。そして地面に対して真っ直ぐに掛かる重力(体重)を足の骨格で受け止めバランスを取っているわけですが、その最前線の働きをしている骨が距骨です。
距骨がグラグラしていますと、体重を足でしっかり受け止めることができないという不具合が生じます。立った時に足裏全体に満遍なく重力が分散するような状態が理想ですが、距骨が不安定な人は小趾側の方に体重がかかったり、かかとやつま先の方に体重がかかってしまったりという具合になってしまいます。
距骨が不安定なとき、そこに体重の重みが掛かってきますと、距骨はそれに耐えられなくなりますので、からだはその重みを他の骨で受け止めようとします。その骨が踵骨ならば「かかと重心」ということになりますし、足趾の方になりますと「つま先重心」となります。
例えば、高いヒールの靴を履いたとします。かかとが浮いた状態ですから足の指は甲側に曲がります。すると、つま先重心になるのと同時に足の横アーチが崩れてしまいます。この状況は外反母趾や内反小趾になりやすい状態ですが、高いヒールを履かなくても重心がつま先に掛かってしまう人は、同じようになる可能性が高いと言うことができます。
かかとに重心がある人は、歩くと踵に負担がかかりますが、それはアキレス腱にも負担が掛かり、ふくらはぎの筋肉に負担がかかることにつながります。ですから、歩くとふくらはぎがすぐに張りを感じ、くるぶしやかかと周辺に痛みを感じるようになるかもしれません。
ですから、かかと重心やつま先重心にならないためにも、距骨を安定させることが必要です。
かかと重心の人は距骨に体重を乗せることができない
私のところに来店される人たちは、かかと重心の人が多いのですが、その理由の大半は距骨が歪んでいて不安定なので体重を乗せることができないからです。私たちのからだは精妙にできていまして、ある動作をするときに、準備が整った状態であれば何の苦もなくその動作を行うことができますが、準備が整っていない場合は同じ動作を他のところを使って行うようになっています。
距骨の状態が安定していて体重を乗せても十分に耐えられる状態に準備ができていれば、立った時にからだは自然と距骨に体重を乗せます。しかし距骨が不安定で体重の負荷に耐えられない場合は、からだが距骨の準備が整っていないと判断して、自然に別な場所に体重が乗るようにしてしまいます。意志に反してかかと重心になってしまうのは、そういうからだの仕組みによるものだと思います。ですから、かかと重心(=距骨が不安定)の人が軽く膝を曲げて体重を距骨に乗せようとする場合、それはスムーズさに欠けた無理な動作になってしまいますので、脚がピクピクしだしたり、ふくらはぎが張って重たくなったりしてしまいます。
スキーやスノーボードは、膝を曲げてスネの前面や足首の前面に重心を掛けて滑らなければなりません。そうしなければスキーやボードが先に行ってしまい、すぐに尻もちをついてしまいます。そしてこの足首とスネの前面に重心を掛ける動作は、距骨に何の問題もない人は苦もなく当たり前のように行うことができます。ところが距骨に体重を乗せることができない人は、意図的に足首を曲げるようにしないとスネの前面に重心を掛けることができません。
距骨の安定している人は、立った状態で少し膝を曲げて足首の前面辺りに重心を持ってこようとしたとき、足首を曲げている感覚はほとんど感じません。単に重心が足首の前面辺りにあるのを感じるのみです。ところが、かかと重心の人は同じ動作をしたときに”足首を曲げている”ことを感じます。しかし重心が足首の前面にあるようにはあまり感じられず、次第に太股や膝周辺が疲労してプルプルしてくるかもしれません。これは、その人の状態にとっては無理な姿勢であるということを現しています。
歩行における距骨の重要性
歩き方について度々質問を受けますが、誤解されずに説明することはとても難しいことだとと感じています。これまでいろいろな角度で、いろいろな説明の仕方で歩き方を改善するためのアドバイスを行ってきましたが、その場ではできても次回来店されるときには元の悪い歩き方、さえない歩き方に戻ってしまっている人がほとんどです。解釈の仕方がまちまちであるということもあります。また「たかが歩き方一つでそんなに違うのか?」と聞かれたことも何度もありますが、ほとんどの人が歩き方一つで筋肉の状態がすっかり変わってしまうことを信じていないからかもしれません。「20歩で筋肉の状態は変わります。」と私は思っています。脚のマッサージを20分ほど行って筋肉をほぐしたとしても、歩き方が悪ければ20歩歩くだけで元の悪い状態に戻ってしまいます。また反対に、筋肉のバランスが悪くなったとしても、良い歩き方を20歩していただければ、筋肉のバランスは改善します。「負のスパイラル」「正のスパイラル」という言葉がありますが、歩き方、歩くこと、はそういう流れを全身の筋肉にもたらすものだと考えています。ですから、なんとか皆さん、良い歩き方を身につけていただきたいと思っています。
例えば「足の踵外側から着地して、最後に母趾で地面を蹴る」ように足を使うことが良いという説明もあるようですが、良い歩き方をしている人は確かにそのようになっています。しかしそれは結果としてそうなっているというものです。もし、そんなことを意識しながら歩こうとしますと、それはとてもぎこちない動作になってしまいますし、首や肩や足などに余計な力が入ってしまうので「自然な感じ」から遠ざかってしまいます。なかなか良い歩き方には近づかないことでしょう。
歩くことは「前に進む」ことですから、重心がスムーズに前に前にと移動しなければなりません。そしてここが誤解を受けやすい部分なのですが、重心が前に移動することと、上半身が前に突っ込む(進む)ことはまったく反対のことです。上半身が前に行ってしまう人は下半身が置き去りにされるということですから、重心は後ろに残ったままになってしまいます。
距骨が安定している人は重心を前に移動することが苦もなくできますので、歩くときに前足が着地した後、膝がスムーズに前に出て前へ前へと重心が移動していきます。一方距骨が不安定で体重を乗せることのできない人は、前足を着地した後、膝が前に出てきません。ですから足首を曲げて腰を前に出さないとないと反対の足を前に出す動作ができません。このような動作は上半身を前に突っ込むような形になりますので、脚が後からついてくるような歩き方になってしまいます。そして歩くとふくらはぎや足首周辺が疲労し、時には痛みを感じるようになってしまいます。
距骨を歪ませる様々な要因
「この歪みさえ修整できれば、からだの機能がすっかり変わるのに‥‥。解ってはいるけど、なかなか手強い」。今の私にとって、そう感じてしまう一つが距骨の調整です。距骨は靱帯によって隣り合う骨と繋がっていますので、隣り合う骨が歪んでいたり、靱帯の状態がおかしかったりすることで歪みが生じます。
そして足首の捻挫を経験した人は、それをしっかり治さない限り何十年経っても靱帯が伸びた状態だったり、それをカバーするために他の靱帯が硬くなっていたりします。それらは確実に距骨の歪みにつながっています。
距骨と隣り合う舟状骨には後脛骨筋が繋がっています。足関節で隣り合う脛骨と腓骨は上部では膝関節に関係していますので膝関節がおかしかったり、O脚、X脚、内股、ガニ股の人は足関節が歪むことで距骨が影響を受けている可能性がとても高いです。
その他にも、かかと重心やつま先重心の状態で長い年月が経ったことにより、かかと周辺の筋膜が硬くなったり、足の指に関係する筋肉が強くこわばってしまったことなどの影響で距骨が不安定になっているということもあります。
・三角靱帯のこわばり
足の内側(母趾側)、脛骨(内果)と距骨と踵骨と舟状骨の間には大きく強力な三角靱帯があります。かかとの内側が硬く縮んで、かかとが内側に傾いている人がたくさんいます。内くるぶし(内果)のすぐ下の奥に硬い塊があって、それを強く押しますと痛みを感じますが、そのような人は三角靱帯が硬くこわばっている人です。足が不安定なので、三角靱帯を硬く縮ませておくことで、かろうじて距骨、舟状骨、踵骨など足根骨が体重に耐えられる状態を保っているのかもしれません。
この硬くなってしまった三角靱帯の働きを戻すための施術(指圧でほぐす)は痛みを伴いますが、それによって距骨の状態が改善することがあります。
・捻挫によりゆるんだ靱帯の影響
一番多い足首の捻挫は、足を外側にくじき、外くるぶしの周辺を損傷してしまうものです。捻挫した初期は炎症がおこりますので足首周辺が熱をもって痛くなります。それから水膨れで足首が腫れ上がりますが、冷やすこととサポーターやテーピングなどで足首を固定して保護することが対処方法になります。このような状態も何日か経つと炎症が治まり、腫れが引いて痛みだけが残る状態になります。やがて安静時の痛みは取れ、歩いたり体重を掛けたり、動かすと痛みを感じる程度になり、そしてその痛みもなくなり普通に歩くことができるようになります。すると捻挫の治療は終了となりますが、だいたい2週間から1ヶ月くらいの期間を要します。これが一般的な捻挫治療の過程だと思いますが、靱帯がしっかり元の状態に戻ったかどうか、という観点は重要視されていないようです。
しかし、靱帯が元の状態に戻りませんと踵骨の不安定な状態は解消されません。捻挫で伸びてしまった靱帯の機能が戻っていない人は、かかとを掴んでゆらゆら揺らしますと、あまり反発せずに揺れてしまいます。この状態は踵骨が不安定な状態であり、踵骨と接している距骨も当然不安定になります。
・下腿(脛骨と腓骨)が捻れている、歪んでいる
足関節は脛骨と腓骨と距骨の3つの骨で成り立っていますので、どれかの骨が歪んでいますと足関節は歪んでしまいます。
例えば靴を履いたとき「右足は何の問題もないけど、左足はくるぶしが靴に当たって痛みを感じる」という場合、靴がおかしいのではなく、左足のくるぶしの位置が下がっているということです。足を外側にくじくことが多い人は外くるぶし=腓骨が下がっていることが多いのですが、このような人は足の小趾側がから着地してしまう傾向が強い人です。これは足関節が歪んでいるということですが、距骨も歪んで不安定である可能性が高いです。そしてこのような人が多いのが実情です。
脛骨と腓骨の歪みや捻れについては、普通の人にはなかなか解りにくいことですし、来店された方々の話を伺っても、整形外科や接骨院などで指摘される様子もないようです。しかし、実際はほとんどの人が大なり小なり歪みを持っています。その歪みが許容範囲内にあれば、距骨の安定にそれほど影響を及ぼしませんが、許容範囲を超えてしまいますと距骨に体重を乗せることができなくなり、かかと重心などになってしまいます。
距骨がしっかり安定すると、重心移動がスムーズになる
とても大雑把な言い方になりますが、いわゆる「運動神経の良い人」と「運動神経の鈍い人」の最大の違いは重心移動がスムーズに行えるかどうかではないかと私は思っています。「重心移動」という意味も、苦手な人にとっては解りにくいことかもしれません。
例えば立った状態で、片脚を一歩前に出す動作をした場合、重心移動が上手くできる人は自ずと頭や上半身が軸足側に残った状態で、腰から下だけが前方に移動するような仕草になります。しかし重心移動が苦手な人は、前足を出すと同時に頭や上半身も前に出てしまい、腰部が取り残されたような状態になってしまいます。実際、「からだは前に出るけど重心は後ろに残ったまま」と言える状態です。
これまで、このような人たちに様々なやり方や説明の仕方でなんとか重心移動がスムーズにならないかとアドバイスしたり、トレーニングをしてきましたが、ほとんどの人が、その時はできてもすぐにやり方が解らなくなってしまうという状態でした。
重心移動がないままに動作をしますとケガをしやすくなりますし、効率が悪いのですぐに疲労してしまいます。
掃除機を上手に操作するためには重心移動が欠かせません。重心(足腰)を前に移動しながら、そのリズムに合わせてホースを持っている手が前に伸び、重心を後ろに移動しながら手を引くのが効率的な使い方です。ところが下半身をほとんど使わずに腕だけでホースを操作している人がいます。これではすぐに疲れますし、腰が痛くなってしまいます。「掃除機をかけるのが苦手で‥‥」という人は重心移動の苦手な人と言えるかもしれません。
どうすれば重心移動を理解して、体得してもらえるのだろうか? そんなことがいつも私の頭にあって、いろいろ考えているわけですが、ふと「距骨を整えればどうなるだろうか?」という思いが湧き起こりました。そして、それまで上手に歩くことができなかった人の距骨を整えてみました。すると何のアドバイスもしなくとも歩行時の重心移動が上手にできるようになり、普通に歩くことができるようになりました。その後、何人もの人に試してみました。歩き方がおかしい人は、「かかとから着いて‥‥、親指で蹴って‥‥」と考えてしまいがちですが、「一切何も考えないで、ただ普通に歩いてください」とやっていただきますと、皆さん重心移動ができるようになり、歩き方が軽やかになります。
歩行動作における重心移動の要は、前に踏み出した脚の膝が、着地後まっすぐ前に出せるかどうかだと私は思っています。膝が外側に向かってしまうようだとガニ股歩きですし、内側に向かってしまうと内股歩きです。膝が前に出なければ、上半身先行で下半身が後から付いてくるような歩き方になります。
良い歩き方を実現するには距骨のことだけでなく、他にもチェックすべき要素が幾つかあります。大腰筋や中殿筋の働きも大切です。しかし先ずは距骨に体重を乗せてもしっかり支えられる状態になっていることが大切なように思います。
自分で距骨を整える方法
来店されれば施術で距骨を整えますが、長年の使い癖による靱帯や筋肉の”癖”は、「形状記憶」のように感じます。今整えても、歩き方や立ち方が変わらなければ、何日か後には再び元の歪んだ状態に戻ってしまいます。最近歪んだのであれば、一回の施術ですっかり整うかもしれません。しかし、歪んでから何年も、何十年も経っているものはなかなか強敵です。
ですから、日々の生活の中でご自分でできる改善方法はないかと、いつも頭を悩ませているのですが、「ケンケン(片脚立ちジャンプ)」は一つの方法かもしれません。まだ幾人かの人で試しただけですが、片脚立ちで、小さいジャンプでもよいので何度か飛んで着地することを繰り返しますと足首の前面(距骨)を上手く使わざるを得なくなります。この動作によって足首周辺の歪みや捻れが改善することもありますが、距骨に体重を乗せるという感覚が養われ、からだが「かつての記憶」を取り戻すことが効果的なのかもしれません。
小学生の時、まだまだ身軽で「ケンケン」など苦とも思わなかった頃、からだはバランス良く動いていました。ジャンプして片脚だけで着地することは、片足に全体重が乗るということですが、そんな理屈は関係なしに普通にできていました。ところが大人になるに従って、からだの歪みが進行したり、筋肉の柔軟性が失われたりして、かつてのように軽やかにケンケンすることができなくなってしまいます。
しかし、何日間か繰り返し練習していますと、少しずつ出来るようになり、バランスが整ってくると思います。片足で10回ケンケンし、反対の足も同様に行い、その後歩いてみます。うっすら距骨に体重が乗る感覚が味わえるかもしれません。その後、もう一度10回ずつケンケンを行い、歩いてみます。すると先ほどより体重が乗る感覚が大きくなると思います。こんな練習をしていますとだんだん足でしっかり立つことが出来るようになり、距骨に体重が乗ル陽になると思います。大切なことは足首を柔らかく使うことです。ジャンプが無理なら背伸びのようにつま先を着けたまま踵を浮かして着地するだけもで良いと思います。「フワッ」と足首を使い、決して地面と衝突しないことです。それが距骨に体重を感じる効果的な方法です。更に、手や首や顔や上半身に力を入れないことです。最初はバランス良く着地できませんので、手など上半身の何処かに力を入れて“こらえよう”としてしまうかもしれません。しかし、それでは練習の意味がありません。最初の内は動きは小さくても良いので、着地した後も平然と立っていられるように、足首をどう使えば良いかを会得するために練習してください。
練習がまあまあ上手くいったとします。すると歩き方が変わります。歩きやすさを実感すると思いますし、「バネのある歩き方」というものが少しずつ理解できると思います。
また、今日上手くできたとしても、明日やってみますと上手くできないかもしれません。しかし、そんなことにめげずに次の日も同じように練習してください。練習方法が間違っていなければ、10日もすれば、外を歩いている自分の歩き方が変化していることに、ふと気づくと思います。