肩こりを訴える人の中には「肩甲骨の内側も張って痛い」という人もいます。
今回は肩甲骨を中心とした背中の上部の張りと痛みについて説明させていただきます。
“張り”とか“痛み”というのは、ほとんどの場合、筋肉の緊張やこわばりによる症状です。
そして、緊張やこわばりにが生じる理由は大きく二つに分けることができます。
一つは、筋肉を酷使するなど筋線維を収縮し続けていたり、たくさん収縮する状況を続けてしまった結果、筋肉がこわばって縮んだ状態になっている場合です。
つい顔や首や肩に力が入ってしまうような人、あるいはからだの何処かに力を入れることでからだを支えているような人は、顔や首や肩や上背部の筋肉を収縮させ続けている可能性があります。
このような場合、筋肉は縮む方向に働いていますので、引き伸ばされると痛みを発するようになります。
例えばストレッチ運動などで気持ちよく筋肉が伸びているうちは心地良いのですが、限界まで伸ばした後、さらに伸ばそうとしますと痛みを感じます。それは、それ以上筋肉は伸ばされたくないので拒否反応を起こし、伸びる方向ではなく縮む方向に働き方を変えたからです。
それ以上伸ばされると筋線維を傷める危険性があるので、筋肉の自己防御反応として反射的に筋線維は収縮して伸ばす力に対抗しますし、「これ以上は危険だよ」というサインとして痛みを発します。
二つ目は、筋肉が繋がっている骨と骨の間隔が本来の在り方より拡がってしまった場合です。
筋肉は骨と別の骨を繋いで、自身を収縮したり伸張したりすることで骨を動かします。
そして、からだの動作とは骨格の動き、骨の動きのことですから、筋肉が働くことによって骨が動き、動作が行われるという理屈になります。
例えば、からだの動作が行われていない状態、つまりからだがリラックスしている時、二つの骨を繋いでいる筋肉の適正な張り具合によって骨格の位置は決まります。そして、この状態が骨と骨の本来の在り方であるとしたとき、何か理由で骨と骨の間が離れますと、間をつないでいる筋肉は骨に引っ張られる状況になりますので、緊張状態になります。
これが筋肉の緊張であり、こわばり状態です。
私は、この骨格の歪みと筋肉の変調の関係を説明するときに、電柱と電線の関係を引き合いに出してイメージしていただいています。骨と骨の間が拡がると筋肉はこわばり、反対に骨と骨の間が狭くなりますと筋肉はたるんで収縮力を発揮できない、ゆるんだ状態になります。
仮に、左右の肩甲骨の間が本来よりも拡がったとしますと、背骨と肩甲骨を繋いでいる筋肉(小菱形筋と大菱形筋と僧帽筋)は緊張してこわばります。そして、この筋肉のこわばりが痛みや不快感や違和感を発するようになります。
以上の二つが、筋肉が張ったりこわばったりする大きな理由ですが、肩甲骨周辺の痛みや不快感では、二つ目の骨と骨の関係が歪んでしまったことが原因になっている場合が多く見受けられます。
肩甲骨内側の張りと痛み
肩甲骨周辺の上背部で、多くの人が不快感や痛みを訴える場所は肩甲骨と背骨の間です。
痛みや不快感のほとんどは筋肉の変調がもたらす深部感覚ですが、この部位の表層には僧帽筋(そうぼうきん)があり、その深部に二つの菱形筋(りょうけいきん)=小菱形筋(しょうりょうけいきん)と大菱形筋(だいりょうけいきん)があり、更に深部に上後鋸筋(じょうこうきょきん)があります。
そして実際のところ、肩甲骨内側の不快感と痛みの場合は小菱形筋と大菱形筋のこわばりによるものが最も多いと言えます。
この二つの筋肉の最大の特徴は、背骨と肩甲骨内縁を繋いで肩甲骨の動きに深く関係することですから、肩甲骨の歪みによって筋肉はすぐに変調を起こします。
ですから、「肩甲骨内側が痛い・張っている・気持ち悪い」という訴えに対しては、まず小菱形筋と大菱形筋の状態を確認することから施術を始めることになります。
そして次に、二つの菱形筋に変調をもたらす原因として肩甲骨と背骨の在り方を確認するようになりますが、肩甲骨と背骨の間を拡げる要因として、まず前鋸筋(ぜんきょきん)を確認することになります。
前鋸筋のこわばりによる肩甲骨間の拡がり
肩甲骨を外(腕の方)にずらす筋肉の代表は前鋸筋(ぜんきょきん)です。
日常動作で前鋸筋がもっとも働く状況は、腕を伸ばした状態から更に腕を伸ばすようなときです。手を伸ばして物を取るとか、物を遠くに置くようなときに、腕を伸ばし肩を前に出して動作を行いますが、このように肩を前や外に突き出すときに前鋸筋が働きます。
ボクササイズという人気のトレーニングがありますが、ストレートパンチを打つ動作は前鋸筋を力強く使いますので、それによる弊害もあります。トレーニングの後は、しっかりと前鋸筋のストレッチをして、肩甲骨の位置を本来のところに戻すようにしていただきたいと思っています。
そして、肘を浮かせた状態で腕を前方に保持する動作の時も前鋸筋は作動します。つまりパソコン業務です。
パソコン業務を行う時、肘を下ろした状態でキーボードを叩いているのであれば前鋸筋は働きませんが、肘を浮かせますと、その状態を保つために前鋸筋は緊張状態になります。
また、パソコン操作に限らず、肘を浮かせた状態を保つ姿勢は前鋸筋が収縮する可能性が高まります。
脇が開いて、肘を張った姿勢で文字を書いたり、物を持ったり、箸を使ったりすることでも前鋸筋はこわばります。
ですから、実際のところ多くの人の前鋸筋はこわばっています。そして、そのこわばり状態が悪化しますと、肩甲骨を大きく外側や前方に歪ませることになります。肩が前に出て猫背のようになっている人は大抵このような状態です。
前鋸筋のこわばり以外の理由で肩甲骨と背骨の間が拡がる理由
専門的な言葉ですが、肩甲骨のことを別の呼び方として上肢帯(じょうしたい)と呼ぶことがあります。その意味は腕(=上肢)を体幹(=胴体)に繋げる帯の役割をしている骨格ということです。つまり肩甲骨は腕と胴体を結び付けて動作を円滑に行うための骨格であるということです。
ですから、肩甲骨の位置を考えるとき、背骨(体幹)と肩甲骨の関係だけでなく、腕と肩甲骨の関係も考える必要があります。
腕と肩甲骨を繋いでいる筋肉には三角筋(さんかくきん)があります。また、上腕二頭筋(じょうわんにとうきん)や上腕三頭筋(じょうわんさんとうきん)、烏口腕筋(うこうわんきん)も腕と肩甲骨を繋いでいますので、それらの筋肉のどれかがこわばった状態になりますと、肩甲骨を腕の方に引っ張ってしまう可能性も出てきます。
そうなりますと、肩甲骨は腕の方に引っ張られ外側に歪みますので、背骨との間が拡がり、小菱形筋、大菱形筋がこわばる可能性も出てきます。
そしてここでは省略しますが、上記以外にも肩甲骨が外側に歪んでしまうからだの仕組み(構造的原理)はあります。
菱形筋のこわばりが発する不快感や痛みへの対応
上述しましたが、背骨と肩甲骨を繋いでいる菱形筋がこわばる理由の多くは肩甲骨が外側方向に歪んでいることですから、肩甲骨の位置を本来の状態に戻す作業が必要になります。
そして肩甲骨が外側に歪んでいる理由の一番は前鋸筋のこわばりですが、脇の下や脇腹に直接手を当てて縮んでしまっている筋肉を伸ばすような施術が効果的です。但し、かなり痛みを伴います。
また、筋連動の仕組みで前鋸筋がこわばっている場合もあります。
手の親指の筋肉(短母指外転筋、長母指外転筋)の使いすぎ、例えばスマホゲームのやり過ぎなどで前鋸筋がこわばり肩甲骨が外側に歪んでしまうことがあります。その他、パソコン業務や親指と人差し指をたくさん使う作業で手首や肘の状態が歪み、それが前鋸筋のこわばりに繋がってしまうこともあります。
足の方では、小趾側に重心がある人、O脚の人などは下半身の外側に負担が掛かり、外側の筋肉がこわばりますが、それが連動して前鋸筋がこわばってしまいます。
ですから整体の施術としましては、手の使い方が変わるようにする、立った時の体重の乗り方が小趾側に偏らないようにする、なども行う必要があります。
また、肩甲骨が歪んでいることで菱形筋がこわばる以外に、菱形筋自体がこわばっていて肩甲骨内側の不快感や運動制限を感じる場合があります。
この場合は、肩甲骨が背骨の方に引きつけられますので、肩が後方に歪んでいる可能性があります。洋服を着たときに「肩のラインが合わず、しっくりしない」と感じるかもしれません。
そして、前鋸筋がこわばって肩甲骨を外側に引っ張っている状況にプラスして、菱形筋自体がこわばって肩甲骨を背骨の方に引き寄せる力が働いているような場合は、最悪の状況に近く、じっとしているだけでも肩甲骨の内側にたまらない痛さを感じることになります。
肩甲骨の内側のこわばりが強い場合、「肩甲骨の内側には手が届かないので、柱の角にこすりつけて辛さをごまかしている」などと仰る人がいますが、その場合は、前鋸筋と菱形筋の両方がこわばっている可能性が高いと考えられます。
このような場合は、前鋸筋のこわばりを解消する施術に加えて、菱形筋のこわばりも解消する施術を行うことになります。
上後鋸筋が発する痛みと対策
肩甲骨の内側には違いないのですが、表層(菱形筋や僧帽筋)ではなく、もっと深い部分が辛く、場合によっては常に締めつけられているような不快感を感じる状況があります。
いくらマッサージしても解決することはなく、内臓系に問題があるのかと考えてしまう場合もありますが、それは上後鋸筋(じょうこうきょきん)のこわばりである可能性があります。
上後鋸筋は菱形筋の下層にありますが、肩甲骨とは直接的な関係はありません。背骨と肋骨を繋いでいますので、胸郭の状態に関係します。
胸郭は、背面の背骨(胸椎)と12本の肋骨と前面中央の胸骨で成り立っていますが、呼吸によって膨らんだり縮んだりしなければなりませんし、上半身の動きに合わせて柔軟に対応しなければなりませんので、骨盤や頭蓋骨とは違って自由度の高い骨格であると同時に、歪みやすい骨格でもあります。
胸郭の状態を現す表現の一つに「鳩胸」があります。鳩胸と呼ばれる状態は胸郭の厚みが増している状態ですが、それは息を吸ったままの状態であると考えることができます。あるいは息を吐き出すことのできない状態であるとも言えます。
上後鋸筋は背骨と肋骨を繋いでいますので、背骨から肋骨が離れてしまうような力が掛かっていたり、肋骨が離れているような状況になりますと変調してこわばります。
そしてこのような状態が多く見受けられるのは、腹側の大胸筋がこわばっていて肋骨を胸骨の方に引っ張っていたり、胸骨の状態がおかしくてやはり肋骨を腹側に引っ張っている場合などです。
あるいは、外肋間筋が強くこわばっていて、鳩胸のように胸郭が膨らんでいる場合もあります。
つまり、胸側(前面)に力が偏って硬くなっていたり、縮こまっていたりしている時に上後鋸筋がこわばって、上背部を締めつけるような辛さを感じることが多いと言えます。
ですから実際の施術では、一応背面から肩こりを揉みほぐすように上後鋸筋にアプローチしますが、それでらちがあかなければ前面の胸周辺を施術することになります。そして大概は、胸をゆるめることでリラックスしますと上後鋸筋のこわばりも解消します。
上後鋸筋は背面の辛さですが、揉みほぐしや施術を行う場所は胸周辺になることが多いと言えます。
肩甲骨の表面に痛みや不快感を感じる場合
肩甲骨の背面には、腕に繋がる幾つかの筋肉がありますが、その中で棘下筋(きょくかきん)がこわばって不快感や運動制限を感じる場合があります。
棘下筋は肩関節を安定させて腕を外側に捻る働きをしますが、この筋肉自体がおかしくなることはあまりなく、腕や首や背筋や下半身の筋肉の影響を受けておかしくなる場合がほとんどです。
ですから、棘下筋の変調を改善して肩甲骨背面の不快感を解消するためには全身を観察して対処する必要があります。
棘下筋が張っているからといって、そこを揉みほぐしても痛いばかりで効果を期待することはできないと思います。
また、同じ肩甲骨背面には棘上筋(きょくじょうきん)がありますが、よほど凝っていたり変調していない限り、この筋肉を辛いと感じたり、不快感を感じることはないと思います。
しかし、肩こりの芯になる可能性のある筋肉でもあります。私は個人的見解として、人生の重荷は棘上筋が背負っているのはないかと感じています。
指圧でゆるめることがこの筋肉に対する施術になりますが、指圧で指が深く入るに従って痛みが増しますが、同時に何かから解放されるような感覚も感じると思います。