植物性器官と動物性器官の関係(参考)

参考資料 三木成夫著「ヒトのからだ」より引用

植物性器官と動物性器官の関係

発生学的関係
 ここでは、この異なる二つの器官群が、どのようにして形成されたかという問題、つまり、両者の発生学的な関係を調べてみよう。

二種の発生様式
 一般に発生には、二つの過程が区別される。その一つは、単細胞の生物が、長い年月の間に、しだいに多細胞の生物になる過程であり、他の一つは、一個の卵細胞が受精して、しだいしだいに親に似たからだになるまでの過程である。前者を(宗族発生(そうぞくはっせい)(系統発生))、後者を(個体発生)とよぶ。
 ところで、宗族発生を厳密に調べるには、この地球上に最初の生物がうまれて以来、今日までの悠久の歴史を目のあたりにながめてみる必要がある。もちろんこれは不可能であって、そのため人々は、人類のいわば直系の祖先の化石を、爬虫類から両生類を経て魚類まで系統的にひろい集めたり(古生物学)、あるいは、それらの生き残りである生きた化石を横にならべて、たがいに比較検討したり(比較解剖学)するのである。
 しかしこれらの方法は、いずれも不備をまぬがれない。すなわち古生物学では、必要な化石が手に入らず、比較解剖学ではそのような動物が少なく、たとえいたとしても、長い年月の間にかなりの変形が見られ、ともに現存の材料だけからは、全体の流れを知ることがむずかしい。まして、一般の魚やカエルなどの比較からは、ただ混乱が生ずるばかりで、得るものははなはだ少ない。
 これにくらべて、個体発生ではすべての過程が連続的に追究できるという利点があり、しかも“個体発生は、宗族発生をくり返す(ヘッケル)”という先人の言葉にもあるように、てっとり早く、生物分化の歴史がながめられるかのごとくである。
 しかし実際にそこに再現されるものは、宗族発生の歴史そのものではなく、いわば歴史の“おもかげ”であって、しかも、このつかみどころのないものが走馬灯のごとくに過ぎ去るのである。この傾向は、高等動物ほど著しく、特にヒトの発生過程から、この宗族発生の歴史をひき出すことは、はなはだ困難である。このためわれわれは、より下等な各種の動物の個体発生を系統的に参照しつつ(比較発生学)、全体の流れを組み立てるように努力するのである。
 このように、生物発生の歴史を解明するため、宗族発生についても、個体発生についても、われわれはありとあらゆる手段をもちいるのである。

 宗族発生の場合 図Ⅰ・20の左をながめてみよう。これは、多細胞生物としてはもっとも原始的な腔腸(こうちょう)動物クラゲの断面で、カップをさかさまにしたようなかっこうをしている。
 ところで、このカップの入り江のようになっている所は、原始的な腸に相当する。ここでは、腸の内面をおおう一層の細胞層が、口の所で折れ返って、体表をくまなくおおう細胞層となっている。
 原始的な腸は栄養吸収の門戸で、(内胚葉)とよばれ、高等動物の消化―呼吸系は、これが発達したものである。これに対して、体表をおおっている部分は外界の変化を感覚する所で、(外胚葉)とよばれ、これが発達して高等動物の複雑な感覚・神経系がつくられる。すなわち、内胚葉から植物性器官が、また外胚葉から動物性器官がつくられるのである。

個体発生の場合
 図Ⅰ・20の右をながめてみよう。これは一個の卵細胞が、しだいに分裂をくり返してゴムボールのような球になり(胞胚)、さらにこの一方がへこんで、おわんのような形(腸胚・原腸胚)・嚢胚(のうはい))になったところを示している。
 さて、このおわんのようなものは、クラゲのカップと同じ意味をもっており、そのくぼみは(原腸)、口は(原口(げんこう))とよばれる。
 ところで、このおわんをつくる内外の細胞層は、それぞれ内胚葉(植物性)および外胚葉(動物性)に相当するものであって、しかも、この二つの細胞層は、胞胚の時代にそれぞれ南半球と北半球とをしめていたことから、この胞胚の南極を(植物極)、北極を(動物極)とよぶ。
 すなわち、大地に面した部分から植物性器官がつくられ、天に向かった部分から動物性器官がつくられるのである。

内臓と体壁
 以上のことから前頁図Ⅰ・20の左右を比較すると、植物性器官および動物性器官の位置的な関係が、宗族発生的にも、個体発生的にも、次の二点におのずから集約されることがわかる。

一 植物性器官は、動物性器官によってとり囲まれ、その内側に隠される。したがって、われわれが“内臓”とよんでいるものは、じつは植物性器官のことをいっているのである。
 この内臓を動物性器官が、体壁という殻をつくって内部に保護し、これをたいせつにもち運ぶ関係になっている。“腑わけ”という昔の言葉は、だから、動物性器官の殻をさいて、植物性器官の内臓をさらけ出すことをいったものであろう。(図Ⅰ・21)

 

二 植物性器官の重心は、動物性器官の重心よりも、つねに腹側(ふくそく)に位置する。すなわち両者は、たがいに腹背の関係を示すのであって、東洋医学では、古くからこの関係を“陰陽“の言葉で表現しているのが注目される。この関係は前にも述べたように、すでに卵の時代から運命づけられていたことであって、“大地に向かう”植物極と、“天上に向かう”動物極のすがたは、この二器官のゆくえをきわめて象徴的に示すものといえるであろう。