骨盤から膝周辺にかけての背面には、お尻の筋肉(殿筋)と通称:ハムストリングスと呼ばれる太股裏側の筋肉があります。
私たち日本人は、欧米人やアフリカの人たちと比較しますと、骨盤が後傾している傾向があります。そのためお尻が下がり、ハムストリングスの筋肉が弱い感じで、きれいな立ち姿を保ち続けるのが苦手な傾向にあるようです。またO脚やガニ股、あるいは内股状態の人が多く見られ、加齢に伴ってその状態が顕著になる傾向があるようです。
このホームページには幾度となく記してきましたが、私たちのからだの中心は骨盤です。骨盤やその周辺の筋肉が中核として働くことによって、楽な姿勢、楽な動作、しっかりとした体幹、リラックスした頭部や頚部が実現する仕組みになっています。
ですから、いつも骨盤周辺の筋肉はしっかりした状態に保っていてほしいと私は思っています。そして、そのためには日常の動作において骨盤周辺の筋肉をたくさん使うことが重要なポイントになってきます。
スポーツ選手などは、日々のトレーニングで走ったり、踏ん張ったりしていますので、骨盤周辺の筋肉の重要性を理解していると思います。そしてジムのマシーンなどを使って積極的にそれら筋肉を鍛えている人も多いと思います。
ところが、一般の私たちはそこまで筋肉をトレーニングする必要はありませんし、多くの人はそのような時間もないことでしょう。
私は一日20~30分くらい普通に歩くだけで骨盤周辺の筋肉をしっかりした状態に保つことができると考えています。しかし、ただ無意識に歩いているだけではそれは実現しません。意識的に意図して骨盤周辺の筋肉を積極的に使って歩く必要があります。
ところが、きっと多くの人は、それができないと思います。骨盤周辺に意識を集中して歩いてみても、お尻の筋肉や太股裏側(ハムストリングス)をたくさん使っている感覚はなかなか得られず、太股の前面やふくらは、あるいは足や足首周辺に疲労を感じて歩くのが嫌に感じるかもしれません。
私たちのからだには仕組みとしての原理があります。この原理を知らないままにいくら頑張ってみても殿筋やハムストリングをしっかりさせるという目的は達成されません。
今回はこの仕組みと原理の話です。それを理解していただき、その上で歩いたり階段を昇ったりしていただくのが良いと思っています。そして、しっかりとした下半身、リラックスして姿勢の良いからだを実現していただきたいと願っています。
筋肉の仕組み‥‥収縮点と弛緩伸張点の移動
骨盤周辺やハムストリングスの具体的な話をする前に、からだの骨格筋すべてに共通する仕組みについて説明します。
筋肉システムを説明するときに私は上腕二頭筋と上腕三頭筋を比較する図を頻繁に用いますが、上腕二頭筋と上腕三頭筋は表裏の関係であり、屈筋と伸筋の関係を説明するのに都合が良いからです。
(写真:上)
肘をまっすぐに伸ばした状態では、屈筋である上腕二頭筋の収縮点はその終着点(停止)である肘のところにあります。そして出発点(起始)である肩の付近の筋線維はゆるんで弛緩伸張した状態になっています。
一方、上腕二頭筋と拮抗関係、表裏の関係にある上腕三頭筋は反対に、起始である肩に近いところが収縮していて(収縮点がある)、肘に近い停止付近は弛緩伸張した状態になっています。(弛緩点)
(写真:中)
肘を曲げていきますと、肘周辺にあった上腕二頭筋の収縮点は次第に肩の方に移動していきます。そして上腕三頭筋の収縮点は停止である肘の方に移動していきます。
(これらの現象は、筋肉に手を当てた状態で動作することで確認ができます)
(写真:下)
肘を大きく曲げた状態では、上腕二頭筋の収縮点は起始に近い部分に移動し、停止に近い部分は弛緩します。また、上腕三頭筋の収縮点は停止に近い部分に移動し、起始に近い部分は弛緩します。
このような現象は、筋肉の長さと関連性があるのですが、知っていただきたいことは、同じ筋肉において収縮点と弛緩点が筋肉を収縮させたり弛緩させたりすることで対極的に動くことです。
上腕二頭筋で言えば、筋肉を伸ばした状態では収縮点が停止付近に現れ、筋肉を作動して収縮(肘を屈曲)させるに従って、その収縮点が起始の方に移動する仕組みになっていることを理解していただきたいです。そして、反対に収縮した状態から筋肉を伸ばすに従って収縮点が起始近くから停止の方に動く仕組みになっていることを知っていただきたいです。
お尻の筋肉とハムストリング
ここから今回の本題に入っていきます。二足歩行であり、地球の重力に対抗して動作を行う私たちにとって、お尻の筋肉と太股裏側のハムストリングを良い状態に保つことは重要です。
お尻に幾つもの筋肉がありますが、その代表である殿筋には大殿筋、中殿筋、小殿筋の3つがあります。そして、重力に対抗してしっかりとした立位を保つためには大殿筋と中殿筋の働きがポイントになります。
これは一つの視点(見方)になりますが、大殿筋と中殿筋の働きの違いを説明しますと平らな地面を歩いたり、しっかりとした立位の姿勢を保つためには中殿筋の働きが主役となります。階段を昇ったり、座った状態から立ち上がったり、つまり重力に強く対抗してからだを持ち上げる動作においては大殿筋の働きが主役になります。(但し、あくまでも一つの観点における説明です。)
歩行動作はそしゃくと同様に、私たちにとって根源的な運動になります。つまり噛めなくなったり、歩けなくなったりしますと健康に大きな影響が及ぶということです。
ですから大殿筋や中殿筋の働きが少々悪くても、他の筋肉を代用することで歩行することはできまるようになっています。しかし、しっかり安定して、歩くことが心地良く感じるためには、大殿筋と中殿筋がしっかり働ける状態になっている必要があります。
さて、上記で説明した筋肉の仕組みを大殿筋と中殿筋に当てはめて考えてみます。
大殿筋の起始は仙骨と腸骨との関節(仙腸関節)ですから、大殿筋がキューッと収縮しますと、仙骨との境界辺りに収縮点ができますので、お尻の筋肉が中心(仙骨部)に寄るようになります。
また、中殿筋は収縮しますと腰骨(腸骨)の上方に収縮点ができますので、しっかり収縮することでお尻がプリッと上がり、お尻の中程が凹んで「お尻にエクボ」ができます。
このように大殿筋と中殿筋がしっかり収縮できる状態であり、またしっかり収縮するように使うことができるならば、お尻がキュッと締まって上がる状態を苦も無く作ることができます。そして反面、お尻の下部(停止に近い部分)はゆるんでゆとりができる状態になります。
アスリートのお尻がキュッと締まって中央に寄り、プリッと上がっているのは、大殿筋と中殿筋の筋力が強いとともに働きがとても良い状態であることを現しています。
それでは今度はハムストリングスについて説明します。
以下の内容は厳密には正確ではないところもありますが、多くの人に伝わって欲しいので概略的な説明になります。
ハムストリングと呼ばれている筋肉には、半腱様筋、半膜様筋、大腿二頭筋、大内転筋があります。それぞれが骨盤の坐骨結節、あるいは坐骨を筋肉の始まり(起始)として、大内転筋は大腿骨の下方、半腱様筋と半膜様筋と大腿二頭筋は大腿骨を飛び越えて膝下の脛骨や腓骨に付着(停止)しています。
ここでまた筋肉の仕組みの話に戻りますが、筋肉の起始に近い部分、つまり骨盤(坐骨)付近がしっかりと収縮することができるならば、停止に近い膝裏の部分は弛緩して十分に伸びることができます。
ですから反対に考えるならば、「膝裏を気持ちよく伸ばしたいのであれば、骨盤に近い部分の筋線維がしっかり収縮できる状態に保つ必要がある」という理屈になります。
ハムストリングの起始、つまりお尻に近い部分がたるんでいる状態ですと、仕組みとして、膝裏に近い部分は収縮状態となり硬くなってしまいます。
(こんな状態の時に、一生懸命膝裏を伸ばすようなストレッチをしたり、マッサージを行ったりしてもそれは理屈に合いませんので無駄な行為になります。あるいは筋肉を傷める可能性が生じます。)
体幹をしっかりさせて楽になるためには
さて、殿部とハムストリングの筋肉の仕組みについては上記の通りなのですが、上の写真の左右を比較しますと、おそらく誰もが左側の方がスマートで理想的だと思うのではないでしょうか。
左側の女性は、ハムストリングの起始部が収縮している状態で、その結果として膝裏部分の伸びが良いので、地面に対して下半身を無理なく真っ直ぐにすることができています。私の見方では、地球の重力にしっかり対抗して上昇する力が発揮されていると見えます。
一方、右側の女性は反対に、ハムストリング起始部の収縮が上手くできないために、膝裏部分の筋肉がこわばっている状態です。ですから、真っ直ぐに立っているにもかかわらず膝が少し曲がっているように見えてしまいます。そして程度に差はありますが、このような状況になっている人が実際、たくさんいます。私はこのような状態の人を見ると「重力に負けている」と見えてしまいます。
私たちの肉体の中心は骨盤です。それは筋肉の収縮方向を観察するとはっきりと実感認識することができます。
下半身の筋肉は収縮すると上方、つまり骨盤の方に向かいます。(収縮点が骨盤方向に動いていく)
そして上半身の筋肉、つまり背筋(脊柱起立筋群や広背筋)や腹筋は収縮すると下方にある骨盤に向かいます。(起始が骨盤方向にある)
また、筋肉(骨格筋)は必ず連動して働きますので、下半身のどれかの筋肉が収縮しますとその筋肉と連動関係にある殿部の筋肉や腹筋や背筋も自然に収縮することになります。
ですから、多くの人たちが望んでいる「体幹を鍛えてしっかりさせる」ということを具体的に考えますと、腰部や下腹部など骨盤に近い部分の筋肉をしっかりさせる、働きが良い状態にするということになりますが、そのためにはハムストリングを良い状態に保つことがポイントになるという理屈になります。
現在、多くの人が首や肩に力が入った状態で生きています。息を吸って止めた状態で生きていると見ることもできます。それにはいろいろな要因が絡み合っていると思うのですが、たくさんのストレスや緊張感なども影響力が強いと思います。
首や肩の部分は背中の筋肉(脊柱起立筋群)で考えますと、起始から遠く離れた部分にあたります。起始から離れた部分をハムストリングに当てはめますと膝裏に近い部分になります。
首や肩に力が入っている人は、その部分がこわばっている(≒収縮状態)ということであり骨盤からは離れた部分が収縮していることになります。そしてそうなりますと仕組みとして自ずと骨盤に近い部分はゆるんでいて働きの悪い状態になってしまいます。この状態は体幹がしっかりしている状態ではありません。下腹部や腰部に力が入りにくい状態です。
このような状態で一生懸命体幹を鍛える運動を行ったところで効果はほとんど感じられないと思います。運動をしたという自己満足は感じられるかもしれませんが、(厳しい言い方になりますが)「疲労しただけ」と言える状況に近いと思います。
では体幹をしっかりさせて楽に暮らすためにどうすれば良いのでしょうか? 今回のテーマである殿筋とハムストリングで考えてみます。
さきほどから何度も述べていますが、ハムストリングの起始部(骨盤近く、つまりお尻のつけ根部分)をしっかり収縮させる運動をたくさん行いますと、殿部の筋肉は中央に寄って上がります。そして同時に、腰部や下腹部の筋肉もしっかりとするようになります。これは自動的にそうなります。ですから体幹を強くするためには殿筋とハムストリングをしっかり最後まで(起始部まで)収縮させるようにすることが要となります。
(アスリートやボディビルダーのように、ある特定の筋肉を特に鍛えたいという場合は、それぞれのトレーニング方法に従うべきですが、一般の普通に日常生活を送る程度の筋力を保持する意味では、という意味です。)
しっかりとした歩行が基本
唐突ですが、皆さんは「歩くこと」をどのように理解しておられますでしょうか?
たぶん、多くの人は歩くことは「足を前に出すことだ」と考えているのだと思います。
小学生の頃、体育の授業で足踏み運動があったと思います。足踏みしながら膝をできるだけ高く上げるように指導されたかもしれません。ですからその名残として、膝を高く上げること、つまり足をできるだけ前に出すことがしっかり歩くことにつながると思われているかもしれません。
しかし、これははっきり言って誤りです。
足踏み運動で膝を高く上げることに意識を集中しますと、軸脚側の膝はだんだん曲がってしまいます。それは突っ立った状態で単に片方の膝を高く上げようとすると反対側の膝が曲がってしまうので理解できると思います。
そしてこの軸脚の状態は、これまで説明してきたハムストリングの起始部がしっかり収縮して自ずと膝裏が伸びる状態とは反対になっていることがわかっていただけると思います。
つまり歩くときに、例えば素速く歩こうとして、そのために足を大きく前に出そうとするなら、それは軸脚側のハムストリングの収縮が中途半端な状況を招いてしまうことになります。
ですから、歩く動作は足を前に出すことに重点をおくことではありません。「前足を踵からついて‥‥」と意識して歩行するのは、その意味で正しいことではありません。
正しく歩くためには軸脚側のハムストリングをしっかり収縮させて、自分のからだを前に押し出すことに重点を置くことが大切です。
ちょっとわかりづらい表現でしたので、もう少し簡単に申しますと「地面を踏む」ことに重点をおくことが正解なのです。
足踏み運動で膝はそれほど高く上げなくてもいいですし、極端に言えば踵だけ上げて爪先はほとんど上がらない状態で運動を始めてもよいのです。そして上げた足を降ろすときに、あるいは踵を着地するときにグイッ・グイッと膝裏を伸ばしてしっかり地面を踏むことだけに意識を集中してやり始めてみてください。
地面をしっかり踏みますと、その勢いで軸脚のハムストリングは収縮しますし膝裏は伸びます。そしてそのリズムのまま足踏み運動の大きさを徐々に大きくしていきますと、地面を踏む勢いに合わせて反対側の膝が次第に高く上がっていくようになるはずです。地面をしっかり踏めば踏むほど反動として反対側の膝がどんどん高くなっていくと思います。
このリズムを続けていますと膝が高い状態を保ちながらも軸脚側の殿筋とハムストリングはしかり収縮し、そして膝裏が伸びますので軸脚が気持ちよく真っ直ぐな状態を保つことができるようになります。
そして、筋肉連動のシステムで腰部や下腹部の筋肉もしっかりと働くようになりますので、自ずと体幹はしっかりし、肩や首の筋肉も伸びますので視線が高くなって真っ直ぐ前を見ながら足踏み運動を続けることが自然にできるようになります。
同じ足踏み運動で膝を高くする動作でも、膝を高く上げることを意識しますと軸脚の膝は曲がってハムストリングや殿筋の収縮も不十分になります。ですから体幹も不安定になりますし、首や肩に力が入ってしまいますし、視線は下に向いてしまうようになってしまいます。
一方、ハムストリングと殿筋をしっかり収縮させて地面を踏むことに意識を集中させますと、次第に膝は高く上がるようになりますし、体幹が安定して視線も自ずと高くなります。
通勤通学や買い物などで歩いている時に、地面を踏んで進む感覚がでてきますと、次第に骨盤周辺の筋肉をたくさん使って歩いている感じがするようになるはずです。そして視線が高くなりますので、リラックスして空の雲や風景を楽しむことができるようになると思います。
私の店舗は駅前にありますので、通勤通学の時間帯はたくさんの人の歩き方を見ることができます。多くの人たちはスマホや地面を見ながら歩いています。つまり視線が下がっているのですが、それは良い歩き方とは言えません。そして、歩いていてもハムストリングや殿筋は収縮しませんので、歩くことでからだを鍛えることの効果は期待することができません。
階段上りで感覚を掴んでください
歩き方についてこれまでたくさんの人の質問を受けてきました。そして歩き方についてはYoutubeやその他、情報もたくさんあるようです。
「踵からおろして‥‥親指で蹴る?」とか、私もたくさん聞かれました。確かに歩き方の良い人のスローモーションや分解写真などを見ますと、そのようになっていますので間違っているとは言えません。しかし、それは結果論的なものです。
「分解写真を見るとそうなっている」というものであり、「そのように歩こうとすると間違ってしまう」と言いたいところです。
そのような形に囚われるのではなく、上記で説明したように「踏んでください」「歩くことは地面を踏むこと」という感覚を掴んで養っていただく方が大切だと思います。そしてそのように歩いているならば、その姿を録画しますとちゃんと踵から着地していて、分解写真で見たような状態になっているはずです。
ハムストリングと殿筋をしっかりと収縮させて地面を踏む感覚を養うために、私が今、最も適している思っている運動は階段をゆっくりと昇る練習です。
階段を昇る動作と平坦な場所を歩く動作では大殿筋の使われ方が異なります。大殿筋は座った状態から立ち上がったり、上り坂や階段を昇ったりする動作、つまり大きな重力に抗する働きをする筋肉です。ですから、階段昇りをしっかり行いますと自ずと大殿筋を収縮させるようになります。また階段昇りで踏み込んだ脚を真っ直ぐにするようにしてからだを持ち上げ、その状態を保つためには中殿筋の働きが重要になりますので、ゆっくりとした階段昇りの運動は自ずと中殿筋の働きをよくする結果をもたらします。
写真のように一歩一歩ゆっくりでいいですから、しっかりとした片脚立ち状態を完成させてから、次の一歩を踏み出すようにしてください。しっかりとした片足立ち状態が築ければ、反対側の脚をゆっくりと余裕をもって次のステップに乗せることができます。もし片脚立ちの状態が不完全であれば、不安定なので早く反対側の足を次に乗せたくなってしまいます。
ポイントはしっかりとした片脚立ち状態を築くことです。最初のうちは、自分では片脚立ちしていると思っていても、そうなっていない場合がほとんどですので、先ず片脚立ちになって前足が次のステップの上に浮いた状態で静止したのを確認してから、次の動作をおこなうようにしてください。最初のうちは、これがとても重要なポイントです。
この練習を繰り返すことで、地面を踏んで歩くことがどういうことか理解していただきたいですし、殿筋とハムストリングをしっかり収縮させると体幹がしっかりしてからだが楽になることも知っていただきたいと思います。
もし、ご自分が首や肩のこり、あるいは浅い呼吸などで不快な想いをしているのであれば、この階段昇りの練習を何度か行うことで首や肩から力が抜け、息を吐くことが容易になると思います。
こんな単純な運動ですが、私は効果が期待できると考えています。
今回は、かなり長文になりましたが、ハムストリングと殿筋は体幹をしっかりさせる意味で重要なので、くどいくらいに述べてしまいました。