お腹に力が入らない

 いつも背中の張りや不快感を訴える人がいます。胃の調子も悪く、呼吸も中途半端な感じで、息苦しさを感じやすいと訴えます。
 肋骨(胸郭)に関係する筋肉(肋間筋、大胸筋、上後鋸筋)や背中の筋肉(脊柱起立筋群、広背筋)がこわばった状態で、息を吸いたくても胸が思うように開いてくれないような状態です。
 施術を行ってこれらの筋肉をゆるめますと、胃の調子や呼吸も改善し、ご本人は楽な状態になります。しかし何日かすると、また背中が辛くなり、呼吸も中途半端な状態に戻ってしまっていました。

 「どうしてなのかなぁ?」と熟考していたところ、「もしかしたらお腹の筋肉が使えないので、背中側の筋肉だけで頑張って生きているのかもしれない」という思いが浮かんできました。
 そして、お腹の筋肉が使えるようにからだを調整しますと、背中の辛さが和らぎ、呼吸も楽になった状態が長持ちするようになりました。

 今回は、お腹に力が入らない、つまり腹筋が上手く使えないために背中に大きな負担が掛かってしまい、からだに不調を感じてしまう話題です。

腹筋が働けない状態とは?

 椅子に座った状態(できれば足を浮かした状態)で、上半身を前傾していきます。30°程度曲げた状態で保持したときに、どこに力を入れて上半身を支えているかを観察します。
 この時、腰部や背中(背骨)の筋肉を主に使ってしまい、しばらくそのままの状態を保ったときに腰や背中が辛くなるようであれば、それは腹筋を働かすことが上手くできない状態です。そして、このような人は、意外に多いです。
 腹筋が使える人は、真っ直ぐ座った状態から上半身を前傾していくときに、背中ではなく下腹に力を入れながら上半身を支えています。このような状態であれば、腰部は辛さを観じることもありません。

 私たちは日々の暮らしの中でたくさん上半身を前傾させています。立った状態から座る時にも、座った状態から立ち上がる時にも上半身を前傾させて頭を沈めるようにしなければ動作をスムーズに行うことはできません。もし上半身を前傾することができなければ、ドスンと尻餅をつくように座らなければなりませんし、ギックリ腰のときに椅子から立ち上がるように背中をまっすぐにしたまま立ち上がらなければなりません。
 物を拾うとき、座りながら会釈をするとき、掃除機を掛けるとき‥‥、中腰になったり上半身を屈んだりする動作は日常生活の中でとても多いのですが、もし腹筋が働けない状態であれば、背骨を支えるために背筋や腰筋のみで頑張らなければなりません。
 そして、このような人は常に背筋に力が入っている状態ですから、腰部はこわばり、背中は常に張っている状態になってしまいます。

腹筋が弱いことと、腹筋が働けないことは違う

 「腹筋が働けない」状態を改善するためには「どうすれば良いのか?」ということに関して、多くの人は「腹筋を鍛える必要がある」と考えかもしれません。それは素直で純粋な考え方です。しかし、正解ではありません。
 腹筋が「弱い」のであれば、鍛えて強くする必要があります。ところが「筋肉が働けない」ことと「筋力が弱い」ことは観点が違いますので、同じカテゴリーで考えることはできません。(但し「筋力が弱すぎて働けない」という状態は存在します)
 筋肉が働けない状態を解決するための正解は「働ける状態にする」ことです。
 そして、そのためのキーワードは「重心移動」です。

働く筋肉の受け渡しと重心移動

 私は学問的専門家ではありません。ですから、言い方が正解かどうかはわかりませんが、「すべての運動の秘訣は重心移動に他ならない」と考えています。

 先ほど例として挙げました、座った状態で上半身を前傾していく運動を例にして説明してみます。

 骨盤の坐骨に重心があって真っ直ぐに座った状態のときに、背骨がしっかりと骨盤に乗っている状態ですと、腹筋にも背筋にも大して負荷は掛かっていません。骨盤が骨と骨の関係で上半身を受け止めています(骨盤に背骨が乗っている状態)ので、周りの筋肉はリラックスできます。ただし、坐骨に荷重がかかっていますので、長時間その状態を維持しますとお尻が痛くなります。ですから椅子に座っている場合は、背もたれに寄りかかるなどしてお尻(坐骨)の負担を軽減するようになります。
 この時、重心は坐骨から後に移動して骨盤を少し倒す姿勢になりますが、腰部や殿部の筋肉に負担が掛かるようになります。するとお尻や腰が疲れを感じますので、普通は倒れた骨盤を立てて、再び坐骨で座るようになります。私たちには無意識にこのような動作を繰り返し、重心の掛かる場所を少しずつ移動しながら、一箇所に負担が掛かり続けないようにしています。

 ところで、坐骨に掛かっていた重心を後方に移動して、お尻と腰で座る状態にしたとき、腰とお尻の筋肉、つまり背面の筋肉に負担が掛かるようになりました。すなわち、重心の後方移動によって背面の筋肉が作動した(作動させられた)状態になったわけです。
 これを同じ理屈で前面に当てはめて考えてみます。座った状態で上半身を前傾させるときに重心を坐骨から前方に移動させて恥骨に掛かるようにしますと、恥骨や鼡径部に繋がっています腹筋が作動するようになります。つまり、重心が前方に移動したことによって腹筋が働くようになったわけです。
 以上をまとめますと、私たちのからだは、骨盤を後方に倒して重心を後方に移動したときに背面の筋肉(腰部や殿部)の筋肉で頑張るようになり、重心を前方に移動(骨盤を前傾)したときに腹筋で頑張るようになる仕組みになっているということです。
 ですから、重心の移動によって頑張る(主体となって収縮する)筋肉が変わっていくということでありまして、バケツリレーのように働く筋肉がスムーズに受け渡されていく姿がそこにはあります。
 この仕組みによって筋肉はスイッチのオンとオフのように、頑張ったり、休んだりを繰り返すことができますので、疲労の蓄積が緩和できるようになっています。
 いつも重心が後方に固定されている人は、背筋や腰筋ばかりを使い、腹筋はほとんど使われない状態になりますので、背中や腰が辛くなりやすいと言えます。

重心移動がスムーズになるためには

 私たちのからだにはポイントとなる関節があります。そして、これらの大切な関節は関連性があります。
 以下のどの関節も重要ですが、立位で土台となる足関節(足首)とその要である距骨(きょこつ)の在り方は、「扇の要」のような役割を担っているのかもしれません。
 整体業の仕事として、膝関節を整えたり、骨盤や股関節を整えたり、肩関節や頚椎を整えたりすることが多いのですが、足関節における距骨、足のアーチなどを整えることはとても重要だと実感しています。

環椎後頭関節
 頭部と頚部との境には環椎後頭関節(かんついこうとうかんせつ)がありますが、頚椎の頭蓋骨がスッと乗っておさまっている状態が理想です。しかし実際には、首が前に出ている人が多いので、首と頭部を繋いでいる筋肉はいつも緊張状態になってしまいます。これが首・肩のコリや張りの主な原因だと考えられます。

第7頚椎と第1胸椎の関節
 首を胴体に繋ぐ所には第7頚椎と第1胸椎の関節があります。
 頚椎はゆるやかに前弯していますが、胸椎は反対にゆるやかに後弯しています。この接点である第1胸椎の関節面にバランス良く頚椎が乗っている状態が理想です。バランスが良ければ、第1胸椎が受ける頭部と頚部の重さはほとんど負担になりませんので、頚部と胴体を繋いでいる筋肉はリラックスできます。そしていつでも自由自在に首や頭を動かすことができるようになります。

腰仙関節
 背骨と骨盤の境には第5腰椎と仙骨を繋いでいる腰仙関節があります。立位の時、この腰仙関節には頭部・頚部を含めて上半身の重みがすべて乗っかるようになります。 背骨全体の状態が良く、骨盤もしっかりした状態であれば、苦もなく腰仙関節は上半身の重みを受け止めることができるようになっています。座った状態でも同様です。
 この腰仙関節が安定した状態の時には、重心移動は容易にできますので、今回話題になっています「お腹に力が入らない」という状況にはなりません。

膝関節
 膝関節は立ったり、しゃがんだり、中腰になったりと、下半身の運動においてとても大切な働きを担っていますし、非常に負荷が掛かるところでもあります。
 膝関節が不安定な状態ですと、普通に力を抜いて立っていることが難しくなります。立ち続けていますと膝が痛くなる場合もありますが、足首や股関節、腰、背中に痛みが現れることもあります。ですから、膝関節を安定させるためにも、大腿骨が脛骨の上にしっかりと乗っておさまっている状態を保つことが大切です。しかしながら、膝関節が歪んでいる人は多いです。

足関節
 足首(足関節)は全身の重みを受け、さらに足が地面から受ける諸々に刺激や負担に対応するために重要な働きを担っています。
 足首を挫いて捻挫状態になりますと、立っていることが辛くなりますし、歩行などで地面からやってくる刺激や圧力に耐えられなくなってしまいます。
 ですから、足関節は非常に重要です。頭と首の関係、首と胴体の関係、上半身と骨盤の関係、これらが正しく膝関節が安定していたとしても、足関節が歪んで機能不全の状態になっていますと、私たちは満足な立ち仕事ができなくなってしまいます。

 そして、これまで何度も説明してきましたが、足関節において距骨(きょこつ)は非常に重要です。距骨が正しい状態にありますと、前にも後にも、左にも右にも、重心の移動がいとも簡単に行えるようになります。距骨が捻れていたり、倒れていたりしますと、安定した立位を保つことができませんし、重心移動に手間取ってしまいますので、運動における「筋肉の受け渡し」がスムーズに行えません。ですから、からだに不調や不具合を生じたり、「運動が苦手」という状況になったりしてしまうでしょう。

参照: 距骨(きょこつ)‥‥足関節の安定と歩行と重心移動


 帝王切開やお腹を手術した経験のある人は、腹筋の働きが今一つしっかりしていない状態になっている可能性があります。
 ですから、そのような人達は尚更「スムーズな重心移動」が大切です。腹筋の働きが今一つの状態は、自ずと重心の前方移動を避ける傾向になっていると考えられます。それによって手術前と術後では体型やからだの使い方が変わってしまい、いろいろな不調を感じるようになってしまうかもしれません。
 そのように感じている人は、是非、足関節や膝関節を整えて、骨盤を良い状態にし、重心移動がスムーズに行えるからだを目指していただきたいと思います。そうすれば、最初は弱いながらも腹筋が使えるようになり、やがて腹筋が鍛えられて、手術の傷を補いながら普通の人のような状態になれるのではないかと思います。
 1年先、3年先、5年先の自分の在り方を改善するためには、「お腹に力が入る」ことは重要だと考えています。