2014年09月20日

呼吸は第2の心臓:理想的な呼吸について

 誰もが生命を維持するために一番大切なことは”呼吸”であること知っています。そして緊張を取り除いてリラックスするためにはゆったりとした深い呼吸が必要であることも知っていると思います。
 ところが、多くの人が今、理想に近い呼吸をすることができないでいます。
 「ストレスにまいっている」「自律神経がおかしいのでは‥‥」「時々鬱っぽい気がする」と感じている人は薬や何かの手段より、まず呼吸を見直してみる必要があると私は考えています。実際、呼吸がうまくできるように体を整えることによって、それらの悩みをかなり軽減できると感じています。

 健康法の一つとして、ヨガや気功、座禅などいろいろな呼吸法があります。それらを試みても今ひとつ体がスッキリしない、リラックスしない、よく眠ることができないと感じている人も多いと思います。
 私の目から見ますと、それらの呼吸法をいくらやったところで、体そのものが上手く呼吸できない状態であれば、やはりその場限りの気休めに過ぎないのではないかと感じています。
 反対に、体をちゃんと整えれば、何も意識しなくても楽に呼吸することができ、体をリラックスさせることができると思っています。
 今回は、理想的な呼吸を実現するために必要なことは何か? そして、日常生活での呼吸の善し悪しが体調の善し悪しに大きな影響を与えていることを考えてみたいと思います。

(1) 肺呼吸の中心は横隔膜

 私たちが一般に”呼吸”と呼んでいるのは肺呼吸(=外呼吸、細胞が血液から酸素を取り入れる内呼吸もある)のことです。肺の袋を膨らませながらその中に空気を取り入れ、肺の組織で酸素を吸収し、炭酸ガスと交換してそれを外に出すために今度は肺を縮ませる絶え間ない運動が呼吸運動です。ところが肺は自分自身では拡がったり縮んだりすることはできません。筋肉がほとんどないからです。ですから肺は、その周りの筋肉や骨格の働きによって膨張したり収縮したりする仕組みになっています。
 胸と腹の境には横隔膜という筋肉があります。この横隔膜の天井が上下に動くことによって胸が拡がったり縮んだりして息を吸ったり吐いたりしています。息を吸うとき、横隔膜が収縮してその天井部分が下の方へぐーっと下がります。すると胸が拡がって肺も膨らみます。息を吐き出すときには、横隔膜の収縮がゆるんで天井部分が上に動きます。すると胸の容積が減りますので、肺も縮んで中の炭酸ガスが外に排出されます。
 またこの横隔膜の運動に合わせて、周りの筋肉や骨格が連動して呼吸運動をサポートしています。息を深く吸うとき、胸郭をつくっている肋骨が上に動きながら拡がります。腹筋も同時に弛んで、胸郭が上に動きやすいようにサポートしています。息を出すときには反対に腹筋が収縮して胸郭を下に引き下げる働きをします。そして拡がっていた肋骨が元に戻ります。
(肋骨の拡がりを中心に呼吸している場合を胸式呼吸、横隔膜の運動を中心にしている場合を腹式呼吸と呼んでいます。)


 胸式呼吸か腹式呼吸の違いに関わらず、横隔膜と肺の周りの筋肉や骨格が以上のように連動して、呼吸運動が楽にできる仕組みになっています。
 ということは、連動して働く筋肉や骨格の一部が上手く働けない状態になったとしたら、円滑な呼吸運動ができなくなると考えることもできます。
 「どこか息苦しい」「呼吸が浅い」「よく溜め息をつく」「呼吸が荒い」「動悸がする」「体がリラックスしない」「常に肩こり」「頭が重い」「眠りが悪い」「消化が悪い」などなどの症状は、体のどこかに病的な原因があるのではなく、単に楽な呼吸ができないためにもたらされているだけかもしれません。
 原因不明とか自律神経失調症が原因なのではないかと疑われる方は、一度呼吸を見直されることをおすすめします。

(2)胸郭の動きを制限しないために

 五臓六腑(内臓)の中で生命維持にとって最後の要となる肺と心臓は肋骨で骨組みされている胸郭の中にあります。その他の臓器は横隔膜より下の腹部です。
 胸郭は肋骨で骨組みされた籠ですから、”動かないもの”とイメージされている人が多いかもしれません。しかし仮に胸郭が動かないものであるなら、十分な肺呼吸を実現することはできません。胸郭が拡がったり縮んだり、あるいは上下に動くことによって肺の袋が大きく膨らんだり縮んだりすることができるからです。
 そして、この胸郭の動きを実際に実行しているのは、首と胸と腹部の筋肉です。(右図参照)
 通常、私たちはほとんど無意識に呼吸を行っていますが、胸郭の動きに関わるこれらの筋肉の働きが悪くなりますと、快適な呼吸が実現できなくなります。
 そのことについて考えてみましょう。

@肋骨が上がらず胸郭が拡がらない場合
 胸郭やその動きに関係する筋肉の働きが良い状態であれば、深〜く息を吸ったとき胸や鎖骨がぐーっと顔の方に近づいてくるはずです。そして胸の中にたくさんの空気が入ってくることが実感できます。ちょうど海辺の波打ち際にいて、波がジワジワーっと自分のすぐそばまで近づいてくる感じに近いでしょう。
 ところが鎖骨(胸郭)をぎりぎりまで上げたいと思っていても中途半端なところで止まってしまい、どこか不満を感じてしまうような状態の人が多くいます。波打ち際で自分のところまでやって来るのを待っているのに、5メートルとか3メートルとか手前で波が引いてしまう感じに近いでしょうか。
 こんな状態では、いくら意志を込めて一生懸命呼吸法をしたところで満足な呼吸は実現しません。

 胸郭が上がらない理由としては腹筋のこわばりや前鋸筋のこわばりがまず考えられます。胸郭が拡がらない理由としては前鋸筋のこわばりや大胸筋のこわばりが考えられます。
 腹筋には腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋という4つの筋肉があります。この中で腹直筋と外腹斜筋は胸郭の上下運動に大きく関わっています。これらの筋肉がこわばりますと、胸郭が下に引っ張られますので、胸を上げたくても上げられない状態になります。
 前鋸筋は肩甲骨と肋骨を強く結びつける大きな筋肉ですが、筋肉の専門書を読んでも、呼吸運動に深く関係するとは書いてありません。ところが実際には、この筋肉の状態は呼吸運動に大きく影響しています。胸郭の後ろ側にガッチリ張り付いているこの筋肉がこわばってしまいますと肋骨が身動きできない状態になってしまいます。上がりたくても上げられない、拡がりたくても拡げられない、そんな状態を招いてしまいます。前鋸筋は大きな筋肉ですが、とくに上部の肋骨についている部分がこわばりますと、最後まで息を入れたい、その最後のところが拡がってくれませんから、中途半端な状態で息を吐かなければならなくなるため呼吸が浅くなってしまいます。呼吸そのものがストレスに感じてしまうかもしれません。なかなか寝付けない理由の一つです。
 前鋸筋の主な働きは肩甲骨を外や前に動かすことです。つまり腕や肩を前方にだす働きです。常にパソコンに携わっていたり、商店で物を並べる仕事や、大きな荷物を運ぶ仕事、あるいはジムで腕を前方に押し出すような運動(ボクシングは最たるもの)をしていますとこの筋肉がこわばってしまいます。腋の下に手を入れ肋骨の骨を指圧してみてください。その時痛みを感じるようであれば、それは前鋸筋がこわばっているということです。
 実際のところ、前鋸筋のこわばりを解消すると呼吸がとても楽になる人が多くいます。

 大胸筋は胸の前面にある力強い筋肉です。この筋肉がこわばりますと、やはり肋骨の動きが制限されるため胸が拡がらずに呼吸が中途半端になってしまいます。この筋肉は胸と腕をつないでいます。猫背気味で肩を前に出しながらいつも作業をしてますと大胸筋はこわばりますし、それ以外にも手を握る動作の筋肉と連動しますので、こわばりやすい筋肉です。

A胸郭が下がらない場合‥‥息を吐くことができない
 息を吐く動作では、横隔膜が上に上がり胸郭が下がるため肺の袋が縮み、その中の空気が外にだされます。肩から力が抜け全身がリラックスします。
 ところが@とは反対に胸郭が下がらない人もしばしば見受けます。息を吐いても胸が下がらないため十分に吐ききることができません。そしてまた息を吸う動作に移るため、肺の中に空気がたまる一方になってしまいます。過呼吸状態です。しばしば溜め息をつかないとやっていられなくなります。
 胸郭が下がらない原因はいくつかありますが、腹筋の働きが悪いため胸郭を下に引いてくれないというのも一つです。胸郭の上下運動に関わる腹筋には腹直筋、外腹斜筋があると申しましたが、お腹が冷えているため腹直筋の働きが悪い、あるいは体が捻れているため外腹斜筋の働きが悪いのかもしれません。
 もう一つは、胸郭を上に引き上げる働きをする筋肉がこわばってしまい、息を吐くときそれらの筋肉が伸びてくれないため胸郭が下に動いてくれないというのがあります。小胸筋、斜角筋、胸鎖乳突筋、肩甲挙筋、胸骨舌骨筋などの筋肉がそれです。この中で斜角筋と胸鎖乳突筋は噛む筋肉(咬筋、側頭筋など)と連動しますので、歯ぎしり、噛みしめ、食いしばりの癖がありますと首の筋肉が張ってしまい同時に胸郭が下がらない原因になります。
 さらに呼吸の要である横隔膜は首からの神経によって働く、つまり首の筋肉とのつながりが深いので、首の筋肉がこわばってしまうと横隔膜もこわばってしまう可能性が高いと考えられます。
 息を吐いても横隔膜が十分に弛んでくれなければ胸郭は下がりませんし、ガス交換でいらなくなった炭酸ガスを肺から十分に追い出すことができません。様々な呼吸法は最後まで吐ききることを提唱していますが、横隔膜がこわばってしまうとそれができづらくなってしまいます。

(3)呼吸は第2の心臓:内臓の働きに影響を与える腹式呼吸

 一般に、女性は胸式呼吸で男性は腹式呼吸が多いと言われています。つまり胸郭の運動をたくさん使うか、横隔膜の運動をたくさん使って呼吸しているかの違いなのですが、胃腸の働きが悪くなるのは女性の方が多く見受けられるのを思うと、うなずける点もあります。
 ここで違う角度から、血液循環について考えてみます。
 血液循環には動脈と静脈の二つがあります。動脈は心臓ポンプの働きが中心になって血液を巡らせていると考えてもよいでしょう。しかし静脈は心臓の力ではなく、その周りの筋肉の働きや運動の助けに頼って血液を心臓まで戻す仕組みになっています。
 ところで私たちが摂取した食物は食道・胃・十二指腸を通過して最終的に小腸で栄養が吸収されます。小腸で吸収された栄養は、その後肝臓に運ばれ私たちの細胞に必要な物質に変換されますが、小腸から肝臓までは血液の中に吸収した栄養を入れて運んでいます。これを門脈と言いますが、これは静脈です。つまり血管自身の力では血液を運ぶことができません。何かの力を借りなければ栄養豊かな血液を肝臓まで運ぶことができないと考えられます。また肝臓は、その中が無数の細かい通路に分かれていて、栄養(血液)がその細い道をゆっくり通っている間に解毒やいろいろな加工をしています。この細かい一つ一つの道も静脈です。
 そこで腹式呼吸が大切な理由が生まれます。
 腹式呼吸で横隔膜を大きく動かすと、お腹の中の内臓を絞ったり弛めたりすることになります。息を吸うとき横隔膜の天井はぐーっと下がります。つまり内臓を下のほうに圧迫します。息を吐くときは反対にお腹の中は弛むため、内臓自体は開放感を味わう感じになります。これは腹部全体に対する心臓の働きに似たポンプ作用です。
 「足は第2の心臓」という言葉がありますが、生命維持の重要性で考えると腹式呼吸が第2で足が第3になるのかもしれません。


 便通で不快な思いをされている女性も多いようですが、上図のように大腸(横行結腸)は胃のすぐ下横隔膜に近いところを通っていますので、その運動の影響は受けると考えられます。一般に女性は胸式呼吸が優位になっていると言われています。腹式呼吸が優位である男性に比べて女性の便通に難が生じてしまう理由の一つであると考えることができます。 

(4)深いリラクゼーションを実現する理想的な呼吸

 体の歪みが強かったり、肩こりや筋肉の張りがありますと、呼吸がとても浅くなってしまいます。
 日々施術をして実感することですが、肩こりを揉みほぐすと肩や背中が呼吸のリズムに合わせて波打ちはじめます。筋肉の緊張が緩和して呼吸のリズムに同調し始めるからだと考えられます。
 施術を進めていって足の指先やふくらはぎをと整えはじめると、やがて呼吸の波は足先の方まで到達するようになります。手の筋肉をほぐしていきますと、手の先まで波は伝わってきます。顔で、噛む筋肉のこりや目の疲労を取っていきますと、頭の中まで呼吸の流れはやって来るように感じます。
 そして仰向けに寝てもらい、肋骨を整え、腹筋を整えますと、呼吸がとても深くなり、その波動が全身の隅々まで伝わっていくのがわかります。その頃にはほとんどの人は半ば放心状態ですっかり深い眠りに入ってしまっています。
 体が上手く整いますと全身に一体感が出ます。すると呼吸のゆったりとした大きなリズムが、ちょうど水面に小石を落として波が拡がっていくように体の隅々まで伝わっていきます。それは体の内側から全身をマッサージしているかのようです。わずか10分とか15分の時間かもしれませんが、このような状態でいますと、全身は芯からリラックスし疲労がどんどん除去されていくのではないかと思えます。
 このような理想的な呼吸状態は、何よりのリラクゼーションではないかと思います。

 朝目覚めたとき、すっかり疲労感が抜け心地良く起きられる時と、体が重く起き上がるまでに時間が必要な時、あるいは目覚めの時が一番疲れを感じる時などいろいろありますが、その違いは睡眠時の呼吸状態が大きく関わっているのではないでしょうか。また、寝つきの善し悪しにも呼吸のあり方が深く関わっているように感じます。
 快眠・快便・快食は健康のバロメーターです。体を整え呼吸を整え、この3つを快適にして健康増進を実現していただきたいと願っています。


 施術者として、呼吸を整えるために重要視するポイントはいくつかありますが、その中でも微妙な調整を必要とするのは肋骨です。
 大きく息を吸ってもらったとき、肋骨の何処が動かないのか、開いてくれないのか、そしてそれはどうしてなのか? このことは本当に細かくチェックします。
 体が捻れているということは12対ある肋骨のどこかが歪んでいることとほとんど同じことです。動悸がするときは心臓あたりにある肋骨が内側に入っていて心臓の活動に邪魔を与えているのではないかと私はまず考えます。みぞおちあたりの肋骨が狭くなっていて拡がらない人は胃の活動を邪魔している可能性があると考えます。呼吸動作の最後の部分に関わる上部の第1・第2肋骨は斜角筋を介して噛む筋肉とつながっていますので、噛みしめや歯ぎしりの癖が呼吸の不調や体の歪みに影響を与えているのではないかと考えます。
 そして前鋸筋の状態は肋骨の可動性に大きな影響を与えますので、必ず整えなければならないポイントです。

 (私はほとんど内容を知りませんが)ヨガや体操などによって体の歪みを改善することができるのかもしれません。しかし、捻れた状態の体で一生懸命意図的に呼吸を整えようと試みても、それはなかなか難しいと私は考えます(できないわけではないと思いますが)。体が整うと自然と呼吸が良くなるという順番が容易な道筋だと思います。そして良い呼吸によってストレス解消につながるリラクゼーションが実現でき、内側から力が湧き出るようにやる気が起こってくるのだと私は考えています。
 呼吸は生命維持にとって最後の要であるだけでなく、心身ともに健康に快適に生きるための基盤です。「どうにもやる気が起きない」と思っている方は、一度施術でより良い呼吸ができる状態に体を整えることを是非おすすめします。それによって幾つかの薬やサプリメントが手放せるようになるかもしれません。